◆ユーザーの課題◆DVDビデオ制作会社のキュー・テックは,毎月制作するDVDの本数が増えて,DVD制作システムを強化する必要に迫られていた。業務内容を見直してみると,数Gバイトの大容量データを,各工程のコンピュータに送信する時間が長く,作業効率化の足を引っ張っていることが分かった。

◆選んだ解決策◆システムには,大容量データをネットワークで共有できることと,DVDのオーサリングのためにローカル・ディスク並みの高速アクセスが求められた。条件を満たしたのは,SAN(Storage Area Network)の構築。しかも,SAN用のファイル共有ソフト「CentraVision」を採用することだった。

◆結果と評価◆1Gビット/秒のFibre Channel(FC)によってデータ転送時間が劇的に短くなったほか,無駄なデータ転送をすることなく次の工程に移れるため,全体の制作効率が2倍近くに向上した。

 パイオニアの子会社のキュー・テックはDVDビデオの制作事業を行っている。同社が事業をスタートさせたのは1996年。当初請け負っていた制作本数は,月間5本程度と少なかった。しかし,DVDビデオの普及とともに,制作本数が年ごとに倍々に増え続け,「2000年には月間制作本数が50本を超えようとしていて,DVDビデオの制作現場の負荷は限界に来ていた」と同社技術部・DVD制作部の青貫幹夫部長は語る。

 現在,キュー・テックの月間制作本数は100本を超えている。その制作体制を確立するために,既存のマシン環境を生かしながら,構築し直した。

各工程のたびに1時間もかかったデータ転送

図1●キュー・テックが使っていた従来のDVD制作システム
DVDのコンテンツ・ファイルは,オーサリング・マシンに保存さる。他のマシンがこれを利用しようとすると,オーサリング・マシンが使用できなくなる。しかも,数Gバイトものデータが何度も転送されるため,時間がかかっていた。システム構成は,(1)デジタル映像からデータをMPEG2に圧縮するエンコーダPC,(2)DVDコンテンツを制作するオーサリング・マシン,(3)DVDビデオの規格に沿っているかどうかをチェックするベリファイPC,(4)試写用に外付けハードディスクにデータを書き出すイメージ・ライターPC,などが100BASE-TXのEthernetで接続されていた
 まずは,一般になじみのないDVDビデオの制作工程を,キュー・テックの従来の制作システムの概要に沿って説明しよう(図1[拡大表示])。

 最初の工程は,既存映像のMPEG(Moving Picture Experts Group)化だ。映画フィルムやビデオ・テープなどをデジタル化し,さらにMPEG2形式に圧縮(エンコード)する。

 次の工程は,最も重要なDVDビデオのオーサリングである。映像と音声と字幕などの素材を1つのコンテンツに多重化していく作業だ。他にも,別の場面へジャンプするためのリンクの編集などがある。キュー・テックのオーサリング・マシンは,日本SGIのUNIXワークステーション「OCTANE」と,Windows NT/2000搭載パソコンの2種類が,それぞれ数台ずつある。アプリケーションは,ダイキン工業が開発したオーサリング・ツール「Scenarist2」(SGIのUNIXであるIRIX用)と「Scenarist」(Windows NT/2000用),そして米Spruce Technologiesの「DVDMaestro」(Windows NT/2000用)だ。Scenaristシリーズは,オーサリング・ツールとしては世界的な業界標準。2001年2月にダイキン工業から米Sonic Solutionsに製品の権利が売却された。

 3番目の工程はベリファイ。これはDVDビデオのコンテンツ・データがDVDの規格に沿っているかどうかをチェックするもの。この段階で不良が見つかれば,もう一度オーサリング・ソフトで編集し直す必要が出てくる。

 4番目の工程は,イメージ・ライターによるDVDイメージの作成だ。いままでハードディスク上に断片的に分散していたものを,DVDのディスク・イメージにそろえて外付けハードディスクに書き込む。これをDVDプレイヤーで試写して確かめる。本来はDVD-Rに書き込んで再生するが,DVD-Rへの書き込み時間を節約したいために,ハードディスク中のディスク・イメージからDVDエミュレータによって再生している。

 5番目の工程はデータの出荷。データをテープ・カートリッジにコピーして,DVDビデオのディスク工場へ送る。この時にバックアップ用にもう1本のテープにコピーしている。

 キュー・テックが業務内容を検討してみて,どこに時間がかかっているかを洗い出すと,意外にもデータ転送に時間がかかっていることが分かった。

 それぞれの工程で各マシンへのデータの転送が発生する(図1)。1本のDVDビデオのデータは,1層の記録容量が4.7Gバイト,2層の記憶容量が8.5Gバイトもある。一方,100BASE-TXの実効データ転送速度は約2.5Mバイト/秒なので,DVDビデオ1本のデータ転送に約1時間かかる。

 本来,共有するデータはファイル・サーバーに保存して,無駄なデータ転送を発生させないようにするべきだが,オーサリングやベリファイ,DVDイメージ作成では,それぞれの専用マシンが高速にアクセスできる必要がある。LAN上の共有フォルダにファイルを置いて作業するのでは,アクセス性能が低過ぎて作業にならない。

SANとCentraVisionで高速アクセス/ファイル共有を実現

 キュー・テックでは,DVDビデオ制作システムを見直すに当たって,次の3つの条件を考えながら,システム設計を行った。

(1)オーサリング・ソフトなどの各種専用ソフトが動作すること。

(2)オーサリングなどの専用マシンが十分作業できるように,ローカル・ディスク並みのアクセス性能があること。

(3)作業の効率化のために,ファイルを共有できるようにすること。

 候補に上がったソリューションは,NAS(Network Attached Storage),ギガビットEthernet(GbE),Fibre Channel(FC)を使ったSAN(Storage Area Network)などである。あとは(1)~(3)の条件を満たすかどうかだ。

 NASとGbEの組み合わせは,NASでファイル共有を実現し,GbEで高速アクセスを実現するので期待が持てた。しかし,当時はNASでGbEに対応した製品がなかった。またGbEは最大1Gビット/秒であるが,実効速度は30Mバイト/秒と期待したほど高くなく,しかも複数台のコンピュータでこのバンド幅をシェアするとその数分の1に実効速度が下がってしまう。現在,SCSIハードディスクはUltra160/Mモードなら最大160Mバイト/秒,実効速度はその1/2~1/3の値は出るので,これに比べると見劣りがする。

図2●新しくSANで構築したDVD制作システム
すべての専用マシンをFibre Channel(FC)でつないで,SAN(Storage Area Network)を構築した。利点の1つは,FCによりデータ転送が速くなったこと。もう1つは,SAN上のファイル共有ソフト「CentraVision」を導入することで,オーサリング・マシンをわずらわすことなく,他のマシンから利用できるようになったこと
 そこでSANが浮上してきた。FCも最大1Gビット/秒だが,実効速度100Mバイト/秒とSCSI並みに高い。データ転送の時間も数分になる。

 残った条件は,ファイル共有だけである。SANにつながったストレージを複数のコンピュータでファイル共有するにはファイル共有ソフトをクライアントにインストールしなければならない。いくつかのファイル共有ソフトを検討した結果,安定して動く米ADICの「CentraVision」(販売総代理店ティアック)を採用することにした。このソフトは,SANのディスクを「CVFS」というCentraVisionのファイル・システムでフォーマットする。また,コンピュータ側にはCVFSを使うためのデバイス・ドライバを入れる。CVFSは同じファイルを同時に編集する共有違反を避け,WindowsだけでなくIRIXなど様々なプラットフォームでも利用できる(図2[拡大表示])。

 導入・構築の作業は,オーサリング・ソフトの納入業者でもある,ダイキン工業が行った。2000年夏からCentraVisionを使ったSANの構築の検討に入り,2000年末にダイキン工業が検証作業を行ったところ,(1)~(3)のいずれも問題がないことが分かった。導入作業は2001年初頭に完了した。

 これまで1本のDVDビデオを制作するのに平均20~30時間かかっていた。しかし,新しいシステムを導入することで1本当たり平均15~20時間となり,大幅に短縮された。

 さらに効果が大きいのは,1台のマシンの占有時間が減ったため,そのマシンが次のDVDビデオの制作に入れることだ。同社全体で人員を変えずに従来の2倍の月間100本以上のDVDビデオを制作できるようになった。「システム導入には約5000万円ほどかかったが,制作効率が2倍になり,残業手当てや深夜のタクシー代が減って,投資効果がとても大きかった」(青貫氏)という。

(木下 篤芳=kinosita@nikkeibp.co.jp