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 アップルコンピュータの株価がここ1年、高い水準で推移している。2004年には10ドル前後で低迷していたものが、2006年1月には、80ドルを超え、5月9日現在71ドル。アップルコンピュータの動向を1976年の創立当初から見続けてきた私としては、これは座視できない状況だ。

一般投資家はWindowsがお好き

 アップルの株価を押し上げている最大の要因は何と言ってもポータブル音楽プレイヤーiPodが世界中のマーケットで爆発的なヒットを続けていることに加え、音楽配信事業iTunes Music Storeが快進撃していることだ。日本ではまだ購入可能とはなっていないが、テレビ番組配信なども一般ユーザーの心をしっかりつなぎ止める大きな要素となっている。

 株価上昇に追い討ちをかけたのが、Macの心臓部にあたるCPUをPowerPCからIntelのx86系チップにすげ替える、という一大転換だ。

 昨2005年6月に開かれたWWDC(世界開発者会議)でアップルのスティーブ・ジョブズCEO(最高経営責任者)が発表して以来、株価の上昇は続き、今年2006年の1月、その製品が姿を現したとたん、冒頭の通り、80ドルを超えたのだった。

 IBMが製造するPowerPC G5チップを純粋に技術的な観点から精査するとまだまだIntelチップを凌駕するパフォーマンスを叩き出せる。しかし、その未来に暗雲がかかっていた。同じ性能をノートパソコンにも展開するには発熱問題を筆頭に解決すべき課題が多すぎた。さらに不安な材料は、アップル向けに十分な数のCPUが確保できるかどうか。PowerPCチームのリソースはソニーのゲーム機プレイステーション用Cellに向けられ、製造ラインもごく少数の発注しかないアップル向けには増強される見込みはなかった。

 そんなCPUチップが、世界で共通に使われているx86系に変わる。日頃Macなんか使ったこともない一般投資家には世界はばら色に見えたことだろう。しかし、CPUチップがIntel製のx86系CPUに変わるからといってMacがWindowsマシンに生まれ変わるわけではない。CPUが同じでもWindowsを起動(ブート)する仕組みが大きく異なるIntel版Mac上ではWindows Vistaの時代にならなければWindowsをうまく起動させられないだろうと開発者の多くは予想した。

 ところが、4月5日、突然アップルから不思議な試作版のソフトが配布開始された。Intel版MacでWindowsを起動させるための一連のソフトウエアツール群Boot Camp。ブートキャンプとは軍隊用語で、新兵を厳格な規律の元に厳しく鍛え上げる「訓練キャンプ」を表す言葉だ。Windowsを起動(ブート)させるために、Mac環境を鍛え上げるとの意味合いを込めたBoot Campは実のところ開発者向け技術デモンストレーションを目的とした全くの試作ソフトだ。Intel版Macにこいつを組込むと、Macの起動時にMac OS Xで立ち上げるかWindowsで立ち上げるかを選べる。

 おお! MacがWindowsマシンになる! とこれまたMacを使い込んでいない一般投資家は過激に反応、アップル株は高値を維持し続けているというわけだ。

でも、それだけではなんの役にも立たない

 Boot Campのインストールは、Windowsを知らないMacユーザーでもとてもスムーズにできるはずだ。インストール用のソフトがアップルらしい丁寧さで作り込まれており、画面の指示に従って操作していけばまず迷うことはない。しかも、操作画面はちゃんと日本語化されており、丁寧な解説書まで付いている。Mac OS Xで使用中のハードディスクの一部をイニシャライズし直したりせずにそのままWindows用のパーティションを作り出す機能、実験が終わったらそのパーティションをまた元通りに戻してしまう、といった気の利いたユーティリティまでついている。

 しかし、Macの使い勝手が気に入ってMacを愛用しているユーザーにとって、「MacがWindows機としても使える」というだけではなんの役にも立たない。Windowsでブートして、Windowsソフトを使って資料を作成、それを今度はMac OS XでリブートしたMac上でKeynoteに読み込みプレゼンテーションを仕上げる...ああ、なんて効率の悪いこと。Windowsとして使っている間はMac OS X下のアプリケーションは全く使えない。

 これでは、単に、デザイン抜群の真っ白なWindows機が1種類増えただけではないか。せっかく気に入って使っているMac OS Xを殺してWindowsを使う。そんなことなら、もう一台コンパクトな筐体のWindows機を購入してディスプレイを共有しながら使うなどの工夫をしたほうがはるかに良さそうではないか。

 このBoot Campが見せたかったのは「MacでもWindowsが動く」こと、しかも、その動作はかつてのPowerPC上でエミュレーション(Windowsのふりをしながら動く)モードで動かしていたころのノロノロとしたものではなく、Windows機が本来持つフルスピードが出せることを示すことだ。決してMacをデザイン仕上げの良いWindows機にするためのモノではない。スティーブ・ジョブズが使いやすさを目指して自らが産み出したMac OS Xの存在を否定するようなことをするはずがないではないか。

 スティーブ・ジョブズの頭の中には、Windowsの機能がMac OS Xの中でスムーズに動く姿が描かれているはずだ。Boot Campはさらに磨きをかけ、次期Mac OS X(開発コードLeopard)の中に溶け込んで行く。既にサードパーティの複数のソフト開発会社がMac OS Xの中でWindowsを動かす試みに成功しているところもある。

Paralles Workstationの画面Parallels Workstationの画面(クリックすると拡大)

 この写真はParallels Inc.が開発中の「Parallels Workstation」だ。まだ、WindowsとMac OS Xの間で情報のカットアンドぺーストなどはできないが、それらの問題もLeopardの時代になれば、全て解消してくるだろう。

 さて、そんなスティーブのしたたかな計算とは。次回、さらに考察を進めてみよう。