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 家電製品のすべてが人工知能を持ってネットワークにつながり、外出先から携帯電話などの端末一つであらゆる操作が可能になる。情報通信技術の進展は、そんな「いつでもどこでも」と呼ばれる「ユビキタス社会」を実現しようとしている。

 すでに、ブロードバンド化が進展し、今後ますます大容量のデータが地球規模でやり取りされる時代が確実にやってくる。そして、小型化、軽量化する端末もまた、24時間どこへでも携帯できるものに変化し始めた。さらに、視覚中心のメディアであったこれまでのデジタル環境も、音声、匂い、味、感触といった五感のすべてで受け取れる情報へと進化していくことだろう。

 こうしたITがもたらす情報化の進展は、ネットワークのみならず、自動車や住宅、あるいは地域コミュニティから国家までをも変容させていく可能性を持っている。広汎なネットワークの構築を可能にする多様な情報の受発信は、これまで出合うことのなかった知恵と知恵との交流を促し、自己実現を演出する場の提供もまた増大していくに違いない。

 今回から始まるこの連載では、こうしたITが開く未来を、ユニバーサルデザインの視点から精査するとともに、ITに関わる多様な有識者たちのユニークな提言をご紹介しながら、その可能性と功罪について考えていきたいと思う。

 さて、2005年4月、経済産業省は、産業20分野にわたる、今後25年間の技術開発シナリオ、「技術戦略マップ」を発表した。この技術戦略マップは、研究開発とともに、その成果を製品、サービス等として社会、国民に提供していくために取り組むべき関連施策を含めた「導入シナリオ」、市場ニーズ、社会ニーズを実現するために必要な技術的課題、要素技術、求められる機能等を俯瞰するとともに、そのなかでの重要技術を選定した「技術マップ」、研究開発への取り組みによる要素技術、求められる機能の向上、進展を時間軸上にマイルストーンとして示した「ロードマップ」から構成されている。そして、2006年4月、新たに「人間生活技術戦略」が追加され、全技術戦略マップの改定案が発表された。

 この連載を始めるにあたり、まずはその技術戦略マップに記載された、ITに関わる重点開発分野を、これから5回、5テーマにわたってご紹介しながら、ITで実現する未来の社会像を筆者なりに鳥瞰してみたいと思う。その第1回のテーマは、「ITとバリアフリー社会の未来」である。

 さまざまな社会インフラにおいて、障害者、高齢者、子供に対するバリアフリー化は、必須条件の一つである。ITがもたらす情報化は、こうした社会システムの構築において大きく貢献できることは言うまでもない。ITの進展は、外出やコミュニケーションにハンデを負っていたバリアを克服し、ハンディキャップトたちの才能や能力の発現を様々に促していくはずである。

 例えば、公共空間では、視覚障害者の行動を支援するためのインテリジェントな携帯型の案内システムが普及していくだろう。視覚障害者が利用できるナビゲーション、医療用カード、物流用TAG等に使用するバッテリーレスで非接触型のスマートICカードやRF-ID(Radio Frequency Identification) TAGなど、やさしいインターフェイスを持つIT装置の開発により、視覚障害者も臆することなく外出でき、より多くのコミュニケーションや情報の入手が可能になるだろう。

人間生活技術戦略イメージ図「都市インフラと交通技術」
(資料提供:独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)

 それらはやがて、高齢者や身障者も普通の人と同様に利用できるヒューマンインターフェイスを持つ情報技術システムへと発展する。そして、障害者が自分の意志を言語に変換できるポータブル会話装置なども普及していくに違いない。

ホーキング博士に宇宙を語らせたのはIT機器

 宇宙理論で有名なイギリスの理論物理学者スティーブン・ホーキングの意思表示システムは、ワープロと音声シンセサイザで構成され、車イスの後ろに設置されたPCが、右手で操作するリモコン・スイッチで選んだ単語や文字を前面についている液晶ディスプレイに表示する仕組みになっている。

 こうしたコンピュータ技術とヒューマンインターフェイスの技術の融合によって、文章データを音声で読み上げたり、あるいは、首の動きやまばたきなどによって意思を表示するなど、詳細なバリアフリーコミュニケーションを可能にするはずである。

 同時に、バリアフリー対応としては、各種センサーを利用して歩道上の視覚障害者を誘導するシステムなどが今後ますます普及しよう。すでに、具体的な視覚障害者向け誘導装置として、交差点などに音声誘導装置を設置し、白い杖を持った視覚障害者が近づくと、杖に組み込まれた光センサーから出される赤外線をキャッチし、現在地などの案内をする音声誘導装置なども開発され始めた。

 また、人間が音の方向や距離を、両耳に到達する音の大きさや時間差などを基準に認識していることに着眼し、視覚によって認識しているPC画面上のカーソル位置やアイコン、ウィンドウなどを音響や音声で表現するシステムの普及も期待できる。位置、距離、方向などを両耳に到達する音の大きさや時間差などに基づいて計算する3次元音響生成技術を用い、マウス操作によるカーソル移動をサウンドで出力したり、カーソルが、アイコンやウィンドウなどオブジェクトの領域内に入ったときには音を出し、その名称を読み上げるのである。

 そして、オブジェクトのサイズや形状は、輪郭にそって音像を移動して表現し、音の強弱で奥行きを表現することもできる。また今後は、キー操作によりオブジェクトへの選択を行なったり、カーソルがオブジェクトに近づいたりすると吸着するような、非視覚的な操作性の向上も形になろう。さらに、進展する画像理解技術は、画像シーンを音声等に変換する視覚障害者向けの支援技術として実用化されるようになろう。こうしたシステムは、高齢者や障害者が気軽、かつ安全に日常生活圏を自由に移動できる公共交通機関や環境整備へと発展し、IT技術の集合体として、社会環境が整ってくる時代を確実に招き寄せるはずである。

言葉のバリアを超えるために

 英語が不得意な日本人にとって、もう一つの言語バリアの世界もITの進展が解決してくれるはずである。ITがもたらすメディアの多様化と国際交流化は、多チャンネルの情報提供だけでなく、従来にはない新たな多方向の国際コミュニケーションを実現することは言うまでもない。国際交流に向けた即時翻訳機能を持つIT機器などの開発は、社会構造に大きな変革をもたらすとともに、個人や組織の行動範囲が大きく広げるはずである。

 まず、数百番組を受信し、蓄積、自動検索、再生が可能な家庭用テレビがこれから確実に普及してくる。テレビ放送のデジタル化と併せて、ネットワークを通じた蓄積型のコミュニケーションなども容易になるはずである。ハードディスクや次世代DVDなどの大容量の装置が内蔵され、追いかけ視聴やタイムシフト視聴、ダイジェスト視聴なども可能になる。高速のヘテロ(異種)ネットワークが発達すれば、通信網、放送網、コンピュータ網を意識することのない、ユビキタス・ネットワークが構築されるのである。ネットワークの広帯域化とシームレス化技術、大容量蓄積メディアを構成する半導体の微細加工技術、超高密度記録技術の開発によって、これらは確実に実現するはずである。

 同時に、外国語の修得に悩む日本人に対して、有効な分野が様々な言語によって書かれたウェブ上のページ群の大半を自国語で読める、多言語自動翻訳機能をもつブラウザが開発されることだろう。端末に組み込むソフトウエアが主体の機械翻訳ではなく、英語で記載されたインターネットのホームページや電子メールをネットワーク内にある複数のデータベースや情報処理装置で分散処理して翻訳作業を高速化し、自動的に翻訳するのである。こうしたシステムの実用化により、WWWでも言語の違いを意識しないコミュニケーションや情報収集が可能になるのだ。

 また、視点を移動すると隠れていた部分が現れる立体テレビシステムなども開発されるだろう。光を一定方向に曲げる働きをするホログラフィック光学素子の透明シートを液晶テレビの表示装置に取り付け、四つの視野から撮影した画像を流すと立体的に見える技術、ディスプレイの表面に用意された複数のシャッタを短時間に切り替えて、多角的な位置から撮影した画像を表示するタイム・マルチプレキシング方式で、特殊なメガネ無しに動画を立体的に表示するインフィニティー・ディスプレイ(Infinity Display)なども実用化される。前面の画像の後ろに隠れた画像も表示し、視点を変えると画面に隠れた画像を見ることができるようになれば、よりコンテンツの表現力が豊かになることは言うまでもない。

 海外旅行等においては、印刷物、道路標識等を読みとり、自国語へ翻訳・表示する装置なども普及するだろう。画像認識と言語化、自動翻訳を組み合わせたポータブルな装置が開発され、言語のリアルタイム翻訳機能が付加された家庭用のテレビは、国際的な番組供給を可能にし、より広い情報の入手、発信が実現するのである。