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 わたしが三重県知事になった1995年は、ちょうど日本のパソコン普及率が大きく伸び始めた時期に当たります。三重県でも、職員全体の2~3割にあたる部長クラスからパソコンを配備しました。しかし、これはまったくの失敗に終わります。

 今から振り返れば、ITという全く新しい文明が到来し、新しい価値を創造しなければならない時代なのだから、本当は若手の職員へ先に渡して、部長を突き上げさせるべきでした。
 ところが、先に抵抗勢力の手に渡してしまったので、「紙で十分」「部下たちにも使わせたくない」などといった否定的な反応しか得られない。確かに、読み書きそろばんで育った世代がITの世界になじむには、相当の努力と時間が必要なんです。

 わたしは思い切って、全職員に一台ずつのパソコンを配備することにしました。一人一台のパソコンというのは他の自治体にも先例がなかったと思いますし、職員からはものすごい批判を受けました。
 しかし、これはわたしが知事として実施したIT化政策の中で、もっとも成功したものだと自負しています。理由の一つに、以前は抵抗していた部長クラスの職員たちが、必死にパソコンの勉強を始めたことがあります。「落ちこぼれ塾」や「黄昏塾」といったたぐいの勉強会も自主的に作られました(笑)。結果として、パソコンを積極的に活用しようという機運で全職員の足並みがそろいました。

 新しい文化が根付く際には、やはりハードが先行し、ソフトが後を追いかけるわけです。パソコンを全職員に例外なく行き渡らせたので、それに合わせて、人が変わり始めたのです。

抜本的な改革はパラダイムの転換から

 その後の三重県のIT化がスムーズに進んだかといえば、実はそうとも言い切れません。旧世代がどれだけ懸命になってITを学んでも、若い頃からITと接して育った世代には、どうしてもかなわない面があります。

 たとえばITを行政サービスに生かす場合、旧世代は、今まで3分かかっていた仕事を2分に短縮しよう、といった発想しかできませんでした。
 しかしIT世代は、そもそも、何で住民の方をわざわざ役所まで呼ぶ必要があるのか、という、全く違った立ち位置から物事を考えることができます。ITによって、時間と空間はなくなろうとしています。インターネットでサービスを提供すれば、家にいながらにして、必要な書類を申請していただけるのです。

 旧世代は従来のパラダイムから抜け出せずに、その枠組みの中でいかに効率化を突き詰めていくかを考える。そのため、抜本的な改革ができない。
 これからのIT時代にまず求められるのは、立ち位置を変えるための意識改革なのです。そして、この意識改革は現場だけでなく、組織の全体、特に予算を管理する立場にあるマネジメント層も一緒に行わなければ意味をなしません。

 ITを活用して新しい価値を創造しようとする際には、過去に経験のないことに挑むわけだから、失敗を覚悟で、チャレンジを重ねて学んでいくというプロセスがどうしても必要になります。

 リスクに予算を割ける組織は多くないでしょう。共同体はもともと治山治水から始まったものですから、官の政策はどうしてもハードが中心になりがちです。振り返って考えれば、日本が経済成長を成し遂げる上で、公共事業が大きな役割を果たしたのは紛れもない事実でもあります。
 しかし、未だにそういった考え方から脱却できていないとすれば問題でしょう。ITの予算も従来のハコモノ行政の延長で「コスト」としてとらえているなら、これを「インベストメント」として考える思想に改めなくてはいけないはずです。判断基準を財政規律から企画自体の評価へ改め、新しい価値が生まれるかどうかで予算を配分できるようなガバナンスが形成されなければなりません。

 少子化で働き手が減り、経済的に厳しい局面を迎える日本では、社会や経済の仕組みを、まさに立ち位置を変えて作り直さなければならない状態です。ITからICT(Information Communication Technology)へ待ったなしで移行せざるを得ない。他の先進諸国もまだそこまでは至っていないでしょうから、日本が意識改革を遂げ、ICTに本気で取り組めば、21世紀をリードする存在になることも可能だろうと思います。