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 今回は、ITがもたらす医療の未来を鳥瞰してみたいと思う。この四月、経済産業省が発表した2030年までの技術戦略マップにおいて、ITとライフサイエンスの未来はどのように描かれているのだろうか。そのキーワードは、電子カルテの健康情報とつながる、個人創薬や遠隔手術の実現。そして、体内のリアルタイムセンサが栄養管理を行う予防医療の普及である。

人間生活技術戦略イメージ図「医療とバイオ技術」
(資料提供:独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)

 デジタルビデオカメラ、大型モニタ、手術用ロボットが接続され、医師がモニタをみながらロボットを動かして遠隔手術を行っている。モニタには、患者の血圧、脈拍、脳波、心電図など、多様なバイタルサイン情報のみならず、手術中の患者の患部の様子、さらには分子イメージングが映し出されている。細胞の機能の変化を分子レベルで観察し、検査する、こうした分子イメージング診断機器の普及により、腫瘍などの早期発見やその良性、悪性の診断がいながらにして可能になるのだ。これは、近未来に実現しそうな、病院での手術風景である。

 手術用ロボットの細部を見てみよう。ロボットは、多関節で、しなやかな動きが可能なマニピュレータ−を持っており、従来のメスや鉗子の代わりを務め、遠隔手術を行うことができる。コンピュータによる微妙な制御でわずかなふるえもなく、安心、安全な多様な微細手術が可能になるのだ。

 さらにロボットは、患部以外の細胞をできるだけ傷つけることなく、治療効果を高めるために、目的とする細胞や患部に直接薬剤を運んで投与する、ハンドリング機能も持っている。チューブがなく、カプセル薬のように飲み込み、最後は自然に排泄されるマイクロ内視鏡を患者の体内に送り込み、食道、胃、腸などの内部を撮影しながら移動し、無線で送信されたその映像をリアルに観察することもできるのだ。

 医療ロボットが実現する時期には、生体細胞の培養によって、人工骨、人工皮膚などを作って移植したり、幹細胞を直接患部に投入して組織再生を図る医療技術も普及している。受精卵から取りだした 胚性幹細胞(ES細胞)は、分裂増殖によって別の機能を担う細胞に変身し、様々な組織や器官を形成する。心臓の筋肉の細胞を培養してつくった心筋シートなどを、心筋梗塞などによって止まってしまった心臓にロボット医師が貼るだけで、心臓が見事に動き出す。心臓移植を行うことなく、心臓病の患者を救うことなどが可能になるのだ。

 ITがもたらす医療の進化は、言うまでもなく医療機関のみに留まらない。患者個々人の遺伝子情報、レントゲン写真、血圧、脈拍、脳波、心電図などのバイタル情報など、個人の医療に関わる多用な情報がITによって一体化され、社会システムとしての電子カルテが普及することは確実である。そして、その情報は、インターネットなどを通して患者個人や家族が入手できるだけでなく、医療機関がターミナルとして管理し、医療インフォマティックスの原簿となるのである。

 個人の遺伝子情報までが記載された電子カルテは、次に創薬の世界も変えていく。遺伝子が関与している高血圧や糖尿病、がんなどの様々な病気の予防や治療に際し、その原因遺伝子の情報から的を絞った物質を選択して薬をつくる、いわゆるゲノム創薬の普及である。それは、新薬の開発期間を短縮し、低コストでありながら、薬効が高く、副作用も少ない薬の製造を可能にする。電子カルテのゲノム情報に基づき、遺伝子型による薬の効果の違い、副作用の発生率などを考慮した、その患者だけのテーラーメード創薬の実現である。そして、電子カルテの情報はまた、遺伝的に発症しやすい病気に対しての予防医療なども加速させるに違いない。

 ITの進展は次に、体内外のリアルタイムセンサが栄養管理を行うといった、従来にはなかった予防医療を実現する。超微細加工技術で作られる無痛針やセンサーを内蔵し、常時付けているだけで血液の多用な情報を感知、解析し、自宅や医療機関で、その情報がいつでも利用できるようになるシステムである。

 酵素や抗体、DNAなどの生体分子が特定の物質を認識する機能を応用し、目的とする化学物質や生体情報を検出するセンサーの実現は、血液検査なども場所を選ばす、かつ素早くできるようになるだけでなく、細胞が持つ多様な情報を、患部に当てたチップや剥がしたシールなどを簡易装置で解析し、様々な医療現場で活用できるようになる。

 生体適合材料でつくられたこうした生態情報センサーは、皮膚に貼るだけで、内蔵されたマイクロセンサーと発信器により、摂食した栄養情報をセンシングして外部モニタなどに送信することも可能にする。さらには、こうしたマイクロセンサーを体内に滞留させる研究開発も進んでいる。ちなみに、毎日の栄養管理が必要な糖尿病患者の腸内に留まり、その情報を外部発信するそのシステムの愛称は、「人工サナダムシ」である。