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僕は「将来あんなおっさんになりたいなぁ」と思える人に身近で出会いました。

「うらやましいなぁ。」とか、「ある意味尊敬できるなぁ。」とか、というレベルではないのです。「あのおっさんのようになりたい!」と思えるレベルの人です。

身近なレベルで、ちょっと目指せば届きそうなレベルで、でもまだまだ遠いのだけど、「あぁ、僕は、こういう人になりたかったんだなぁと」と思えることを気がつかせてくれる人が、自分の人生において存在するということ。

そういう存在をもつと、毎日が本当に楽しくなります。

その人にも認められたいし、自分の近い将来の明確な目標をもつということは未来が本当に明るく開けます。これを体験しました。

そういう人に出会えていますか?

なかなか出会えない人が多いのではないでしょうか?

昔は、そういう人、すなわち自分がそういう目標とされている存在であるということを意識して行動している手本となる人が、身近にごろごろいたのでしょうか?

昔のことはわかりませんのでどなたか教えてください。

ちなみに、ここで重要なのは、”身近なレベルで”ということです。

有名なスポーツ選手にしても、大起業家にしても、天才とよばれる人は
身近じゃありません。そのようになりたいと若い頃は思っていても、年をとるとともにそのようになれないと気づくので、目標となりえないのだと思います。
もっと自分にとって身近なレベルで、目指す存在がいることが重要なのです。

さて、ここからが前回(第6回)からの続きです。

「カヤックスタイルでつくり続けること」これが本当に、社会に貢献しているのかどうか。

面白法人の掲げるカヤックスタイルで、つくり続けることは、楽しい反面、一方で、意外としんどいという側面もあります。自分自身の内なる声に嘘をつかず行くというのは、しんどいものです。まだまだ僕らも自分自身をごまかしている部分も少なくありません。

でも、このスタイルにのっとって活動していれば、面白法人の考え方と似たような価値観をもった法人からは、「そんな風になりたいなぁ。」と目指してもらえる存在になるだろうと考えています。

すなわち、冒頭で書いた「おっさん」つまり、「身近な目標」になることができます。

つまり、僕らのように、昔から起業の意思がずば抜けて強かったわけでもなく、1人ひとりの凡人が集まった集団が、自分自身に問いかけて正しいと思ったカヤックスタイル、この理想をめざして楽しく厳しくモノをつくり続ける(すなわち、成長する)ことが、できたなら、その結果、カヤックのような法人になりたいなぁ、僕たちもつくりたいなぁ、と目標に思ってくれる人が出てくるかもしれない。
そして、面白法人の存在そのもので毎日が楽しくなりましたといわれるかもしれない。

僕らがつくり続けた結果、つくったもので人を楽しくさせる。
また、僕らがカヤックスタイルでつくり続けるのをみて、それを見た周りの人が僕たちを目標として、つくりはじめる、つくり続ける。そしてその方々がまた、人を楽しくさせる。

だから、「カヤックスタイルでつくり続ける」ことが社会に貢献することになるのだと信じ込んでいます。