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「あのー、ナカノさん」
 はい? あらイノウエくん。
「そうです、イノウエです! 先ほどはありがとうございました!」
 いえいえ。探していたプリンター、どこにあるかわかった?
「はい! お陰様でそれはもう、目の中に入れても痛くないほどよくわかりました!」
 ……よかったわ。頑張ってね。
「あっ、あっ、あっ、ナカノさん!」
 なあに?
「あのですね……」
 タカハシ係長に頼まれたプリントアウト、早く届けなきゃいけないんじゃない?

「ええ! それはそうなんですが、ちょっとだけ、タマちゃんの話をしてもよろしいでしょうか?」
 ……タマちゃん。猫?
「いえ、小学校の頃、近所の池で捕まえたザリガニのタマちゃんです!」
 あー。イノウエくん、たしか“ザリガニは名前を呼んでもわからないから名前をつけない”って言ってなかったっけ?
「そうなんですよ! タマちゃん、って呼んでも知らんぷりなんです。だけど一度名前をつけたのに取り上げる、っていうのもかわいそうでしょう?」
 やさしいわね。
「で、タマちゃんがね、いないんですよ」
 ……えーと。逃げちゃったのかな?
「逃げてないのに、いないんですよ。あっ、ザリガニって後ろに下がるの知ってます? 棒でつっついたりしても後じさりなんですよ! だから、どっか水槽の隅っこの砂の中にでもはまっちゃったんじゃないかと思って『タマちゃーん』って呼んでたんですよ!」
 ところが何度呼んでも返事をしない、と。
「そう! そうなんですよ! ザリガニだから! そこで話がつながるわけです」
 つながってよかった! じゃあね、イノウエくん、タマちゃんの話、とっても面白かったわ!

「いや、終わってませんよ。で、ですね」
 もしかして、イノウエくん、タカハシ係長に取ってくるように頼まれたプリントアウト、見つからないんじゃないの?
「……どうしてナカノさんは、いきなり核心を突くんですか?」
 ごめんなさいね、仕事中だから。
「……プリンターの上やら横やら下の段やら、いろんなところに用紙が出ていて、どれが係長の印刷した企画書なのかわからなくて……小学生の頃いなくなったタマちゃんを思い出しちゃって……ううっ……」
 ……皆さん、なんでもないんです! 泣かしてません! いじめてませんよ!……ああもうー、お願いだから泣かないで! 教えてあげるから。
「ぐすっ、ありがとうございますー」

 あのね、ここにはコピーを取った元の用紙が出てくるの。これはわかるわね? こっちはファクス。それからここがプリントアウトとコピーよ。
「じゃあ、ここの中にタカハシ係長が印刷した企画書があるんですね?……なんかいっぱいたまってますけど……」
 だいぶ時間が経ってるから、その間にいろんな人が印刷したみたいね。
「えーと、えーと、えーと……タカハシ係長の企画書……」
 イノウエくん。三人待ってるけど。
「あっ、すいません! すいません! すぐ見つけますから! あの、タマちゃんもすぐ見つかったんですよ! どこにいたと思います? 風呂場にいましたよ、タマちゃん! いやもちろんタマちゃんがひとりで風呂場まで行きませんよ。なんと! 母が水槽の掃除をするんでバケツに移してたんですよ! びっくりしますよね、これ!」
 ……ヤマモトくんごめんなさい、彼ね、新人のイノウエくん。タマちゃんについてはあとで説明するから、もうちょっと待ってあげてくれる?……イノウエくん! わたしが探してあげるから!……わたし、何か用事があったからここに来たはずなんだけど、何だったかしら? 忘れちゃったわ。はあー。