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 プログラミングに従事する人がなぜ途中で投げ出してしまうのか。やはり教育の現場において身近にプログラミングに触れられる機会が少ないことが原因の一つのようです。高校での情報教育についての座談会も今回が最終回となります。ゲストは高校「情報」の教科書作成などにも携わっておられる鳥取県立鳥取工業高等学校の足利裕人氏、筑波大学大学院の久野靖教授です(編集部)。

座談会参加者足利裕人氏(鳥取県立鳥取工業高等学校進路指導部)
久野靖氏(筑波大学大学院ビジネス科学研究科教授)
コーディネーター兼宗進(一橋大学助教授)

兼宗 高校の情報化教育は、今のところ、コンピューターリテラシーを高めるということに主眼が置かれています。その一方で、技術者の育成につながる、プログラミングのような実践的な教育が決定的に不足しています。

久野 そこは大きな問題だと思います。日本の大学や専門学校では、パソコンを買って使ってみたら何となくおもしろそうだったから、という理由だけで情報科へ進む学生が多いそうです。そこでプログラミングを教わりはじめると、自分のイメージと違うといって投げ出してしまう。
 プログラミングのような専門的なところも含めて、高校までにコンピューターを利用した情報処理のプロセスを一通り体験していれば、自分のコンピューターへの興味をもっと具体的に知ることができるはずです。エンドユーザーとしてコンピューターをさわるのが楽しいのか、あるいはプログラムを作る側に回りたいのか。しっかりした予備知識がないと、イメージだけで自分の進路を選んでしまいます。

兼宗 確かに、プログラミングという世界を全く知らないまま情報科へ進むのはおかしいですね。興味がないと続きませんし。

久野 でも、今の日本ではそういうケースが本当に多いそうです。大学だけでなく、企業でも。理系の大学を出た学生が、就職してから初めてプログラミングに従事し、自分に適正がないことに気づくということがままあるようです。
 小中学校や高校で、ほんの数時間でもプログラミングをかじれば、こうしたミスマッチはずいぶんと改善されるのではないかと思うのですが。日本語だけでできるドリトルは、そういう体験としてのプログラミングが無理なく実現できる貴重な教材です。

兼宗 現状、高校ではどの程度プログラミングを扱うのですか。

足利 私の場合は、情報Cの中で扱っていますが、10時間から15時間ほどです。紅林さんが作ったドリトル用のテキストを使って、1ページ1時間で8ページほど進んだら、自由作品を4時間くらいで制作しています。週に2時間の授業で、大体1ヶ月半かかります。
 情報Cはコンピューターを利用したコミュニケーションを重視したカリキュラムですから、頭の中のイメージをプログラミングで表現しましょう、といった程度の内容になってしまいますね。

久野 プログラミングは、本来は情報Bで扱うことになっているんですよね。

足利 そうですね。私自身、本当は情報処理の仕組みを詳しく教えることができる情報Bを開講したいと思いますし、理系の生徒にも情報Bを選択してほしいと考えていますが、専門的なことを学ぶ割に、大学入試につながらないので、あまり歓迎されませんね。入試にアルゴリズムを中心とした情報の科目を入れる大学が増えると、高校の状況も変わると思います。

久野 どういった教科も大学入試の科目にならないと、一人前の教科として扱ってもらえないという面は確かにありますね。
 しかし、大学側の事情としては、学部単位で入試科目を決めていることがネックになっているのではないでしょうか。プログラミングを科目に入れたいと情報系の学科から意見が出ても、他の学科の声に押されてしまうということは十分ありえます。本来なら、コンピューターに限りませんが、得意な科目を一生懸命に勉強して、入試もそれで受けて得意な学科へ進むというのが、大学入試の理想的なあり方でしょう。しかし、プログラミングが得意な生徒は、どれだけプログラミングを勉強しても進学にはいかせる場は少ないのが実情です。

兼宗 今春は確か10校ほどの大学が、アルゴリズムを扱っていました。まだ一斉に実施するのは難しいので、各大学の二次試験から始まったばかりのようですね。

久野 ただ、入試科目になると、今のように自由に授業をすることができなくなるという弊害もあります。

兼宗 そうですね。入試のための授業になってしまう危険性はありますね。しかし、情報の授業をまじめに受けた生徒がちゃんと評価されるような仕組みは欠かせません。

久野 大学では、プログラミングがまだ学問として捉えられていないように思われます。その根本には、コンピューターサイエンス自体の歴史が浅く、世の中に知られていないという事情があると思います。それを変えるには、やはり高校や義務教育で誰もがプログラミングを体験する機会を作り、日本全体で理解を広めていかなければならないのではないでしょうか。大学入試が変わるのを待たず、教育現場が自発的に変化していく必要があるように思います。

(構成 曽根武仁=百年堂)