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 自民党の総裁選の話題が多く報じられるようになってきました。今回はちょっと趣向を変えて、政治の世界がどう変化してきたのかを考えたいと思います。

 2001年の発足以来、5年間続いた小泉政権に幕が下ろされようとしています。「自民党をぶっ壊す」とたんかを切って国民の共感を得た小泉氏ですが、果たして、自民党は「ぶっ壊れた」でしょうか。
 私は否定的です。自民党は壊れたというより、延命されたというべきでしょう。紙文化からWeb文化へ、中央集権から分散化へ、文明史的な転換点を迎えている今の日本で、本当に求められているのはパラダイムシフトでしょう。しかし、そのような本質的な変化はまだ起こっていません。

 ただし、小泉政権が時代の要請に応じて誕生したものである点は疑いようがないでしょう。派閥政治全盛の時代には、小泉氏はピエロでした。総裁選に2度立候補し、そのたびに派閥の支持を得られず、破れました。ところが、3度目に立候補をした時には状況が変わっていたのです。

 ITの登場に端を発した「リエンジニアリング」の波が、ビジネスから政治にまで押し寄せてきた90年代に、従来の政治の秩序はすでに変わり始めていました。中選挙区制から小選挙区制への改革などはその代表的な例ですが、これにより、族議員や派閥の支配力が低下していたのです。

 同時に、政治に対して国民が感じていた閉塞感も、かつてないほど高まっていました。小泉氏の猛進する姿が、国民には勇気と映ったのです。ドン・キホーテのように愚直に戦いを挑み続ける彼の「姿勢」、反権力の「イメージ」が、閉塞感を打ち破ってくれるのではないかという期待を抱かせたのでしょう。

政治の全体最適実現にはさらなる時間が必要
 政界のピエロから希代のパフォーマーへと、小泉氏に対する評価は変わりました。アメリカの同時多発テロやハンセン病患者との和解、北朝鮮拉致問題の進展など、歴史的に重要な出来事が彼の在任中立て続けに起こりました。その都度、小泉氏はうまく立ち回ることで支持率を維持していきます。国民の支持を得たのは、政局を判断するセンスだったといえます。

 しかし、肝心の政策はどうでしょうか。
 パラダイムシフトを伴わないまま、政治のリエンジニアリングは十分な議論を経ずに「断行」されてしまいました。旧いシステムが存続し、新しいシステムも機能しないという、二重に非効率な状態に現在の日本は陥っています。その整合をとり、全体最適を行うには、実に多くの政治的な手続きや話し合いが必要になるでしょう。この難事業は、次期総理の課題としてそっくり残されています。

 振り返ってみると、小泉氏は創造よりも破壊が先行した感があります。しかし、新しい時代を迎え、新しい価値を生み出すためには、破壊という過程はどうしても必要なものです。その意味でも、小泉政権はやはり時代の要請によって誕生したと考えるべきです。

 民主主義では「振れる」ことが不可欠です。過去の日本の政治を顧みても、官僚出身の総理大臣が続いたら民間の総理大臣が出る、あるいは右派の政策が勝ちすぎたら左派の政策が力を増す、といった選択が自然になされてきました。特に政治が行き詰まった際には、はっきりとした場面転換が行われるわけですが、人が変わるのがもっともわかりやすい変化となります。

 そうした中で登場した小泉氏は、党内にさまざまな抵抗がある中、一応自分の意志を通しました。パラダイムシフトまで至らなかったのが非常に残念ですが、時代に求められた最低限の役割は果たしたといえるでしょう。その点は評価されてしかるべきだと思います。