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 今回は前回に続いて、ITの普及によって社会の根本構造が変わろうとしている今、日本の政治にはどのような変化が起きうるのかを考えてみたいと思います。

 現在の日本には、二大政党制が合っていると思います。私がそう考える理由は、政権交代の可能性が高まるという点にあります。総選挙が建前でなく、本当に政権を奪い合うものになれば、一党支配で失われてしまった緊張感を政治の場に取り戻すことができます。

 政治というものは社会構造についても、現状維持を優先する結果になりがちです。本来の政治であれば、政党同士が競うことで、そこに変化のダイナミズムが発生します。変革を起こさせるのは政党の役割なのです。

 しかし、一党支配が続いた日本ではそれが機能してきませんでした。その結果、日本は官僚社会になってしまいました。官僚が主導して、社会の変化に対応させる仕組みを作ってきたのです。形を変えた社会主義国家といってもいいかもしれません。国民は今まで、国の重要な意思決定から閉め出されていたのです。

 こういえば、前回、民主党の登場を非常に大きなパラダイムシフトだと申し上げた理由がはっきりするでしょう。民主党は自民党以外の現実的な選択肢として自らを位置づけています。政権交代の可能性を現実のものとして考えることができるからです。

 民主党が本当に政権を取れるのか、取ったとして運営する能力があるのか、疑問に感じている国民の方も多いに違いありません。「党内の政治思想がバラバラではないか」「労働組合に支配されているのではないか」などという批判もあるでしょう。確かに、50年にわたって政権を運営してきた自民党と比べると、民主党は明らかに経験不足が目立ちます。ライブドアメール問題などは、党としてのマネジメントが機能しておらず、情報力もないことを露呈した象徴的な出来事でした。

 ただし、こうした失敗は一里塚として見てもいいのではないかと私は考えています。失敗を経験して鍛えられながら、本当に信頼される政党へと成長していくのです。民主党はまだ、その過程の途中にあるのです。

 民主党も国民の理解を得られるようにいっそうの努力をする必要があります。まずは国民の疑念に対し、党内で改善策を実施し、それを隠さずに国民へ開示すべきでしょう。それができれば、国民は民主党による政権交代を許すのではないでしょうか。

選挙制度が政治を変える

 民主党の誕生は、ある観点からは小選挙区制によって可能になったと考えることもできます。15%の得票率でも当選できてしまう中選挙区制では、特定の団体からの支持を取り付ければ当選します。それが族議員を生み、一党支配を作り出してしまいました。

 小選挙区制は、政治改革が議論される中で実現したものですが、当初は、政治改革を矮小化するものだとして批判も受けました。「政治改革にはいろいろなやり方があるはずだ」と。そこをあえて選挙制度改革に集中して一点突破をはかろうというのが、当時の私も含む推進派の戦略でした。つまるところ、政治は政治家の営みです。ならば、政治家が選ばれる方法を変えれば政治も変わるはずです。実際、今や政権交代さえ現実味を帯びてきているのです。

 しかし、小選挙区制さえ実現すればいいというわけではありません。選挙制度にはまだ不備が多いことも事実です。小選挙区制のメリットを最大限に引き出せるよう、進化させていく必要があります。

 その1つがマニフェストです。国民が誰も見向きもせず、簡単に破られてしまう公約ではなく、数値目標や実行体制まで含めた政策を明確に示すことが必要です。つまり事後検証を可能にし、選挙を国民と政治家との契約にするのがマニフェストの趣旨なのです。

 小選挙区制は96年に始まりましたから、今年で10年の節目を迎えました。選挙制度改革、政治改革をさらに一歩前進させるには、公職選挙法の改正を含め、まずはマニフェストを定着させることが私は重要だと考えています。

 民主党には、たとえすぐに政権交代を成し遂げられなくても、政党として力をつけ、自民党の一党支配を揺るがすだけでも大きな存在意義があります。緊張感が高まれば、自民党も危機感を持つでしょう。国民に対し、双方がマニフェストを通じて刺激的で感動的な政策を訴えかける。この緊張感こそ、日本の政治に決定的に欠けていたものです。

 ところが、現在の公職選挙法では、選挙期間中にマニフェストをホームページで公開することすらできません。選挙期間ほど、国民が政治家個人個人の訴えに興味を持つタイミングはありません。にもかかわらず、個人のニーズ、個人の都合に合わせて情報にアクセスできるチャネルが使えないのです。選挙公報を作成するよりも多くの情報をより低コストで作成できるはずなのにそれが認められていません。この点はもっと問題視されてもいいのではないでしょうか。