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さて、先週に引き続き、カヤックのイントラネット、「Minpo(みんぽー)」について話します。Minpoの中には、『カタブロ』(正式名称は「語るブログ」)という、社員みんながリレー式で、自分の考えを熱く語るというコーナーがあります。

今回は、僕がそこに投稿した記事の一部を抜粋します。

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~省略~

僕が社会人1年目のとき、すごく仕事ができる(当時はそう見えた)先輩がいました。

その先輩に、

「あなたはどう生きたいのですか?」

確か、そういう類の質問をしたことがあります。

そのとき返ってきた答えが、

「楽しく生きられればいいよ」というものでした。

ニヤニヤした顔で、そんなまじめな質問するなよ、とはぐらかしたかのような感じで(もしかしたらそれがまじめな回答だったのかもしれないのだけど)。

それを聞いた時に、“憤慨”というような感情が沸き起こったのを覚えています。

なぜ、憤慨したのでしょうか?

今となっては記憶も定かではありませんが、おそらく、この先輩のように仕事ができて、みんなから尊敬もされている人間の「楽しく生きられればそれで満足」という発言そのものが、非常に無責任に聞こえたからだと思います。「あなたのようにできる人が、そんな適当なこと言うなよ」と。

「ノブレス・オブリージ」という言葉を知っていますか?
(知らない人は調べてみてくださいな)

僕自信もこの言葉の語源を正確に理解しているわけではありませんが、「恵まれた人間の責務」という考え方を表したものと勝手に解釈しています。

恵まれた環境に生まれ、恵まれた才能をもった人間は社会に果たすべき責任があるという考え方です。

小さい頃から、親に何度かそう言われて育てられました(というほど厳格な家庭でもないし、徹底的にしつけられたわけではありませんが)。

残念ながら、そんな人間にはなれなくて、随分とわがままな人間に育ってしまいました。ですが、考え方そのものは意識として残っていたようで、その結果が上記の“憤慨”という感情につながっていたのかなぁとも思います。

きっと昔の僕は、『人生には責任感を持って取り組まなければいけないんだ』と今よりももっと強く考えていたんじゃないかなと思います。だから、尊敬していたその先輩の無責任な発言に驚いたとともに怒りを覚えたわけです。