PR

 マニフェスト運動をしていると、公約とマニフェストはどう違うのかという質問をよくいただきます。公約は、皆さんご存じのように、単なるスローガンに過ぎません。理想の話ばかりで、いかに実現させるか、という実施に関わる部分が抜けてしまっています。

 それに対して、マニフェストは企業が作る工程表のようなものです。数値目標を設定する。いつまでにやるのか期日を決める。そして財源をどこから取ってくるのか明記する。企業ではプロジェクトを検討する際、こうした具体的な計画をあらかじめ考えておくのが常識です。しかし、政治の世界は必ずしもそうではありません。

 政治や行政が企業から学ぶべきことはほかにもたくさんあります。ITの活用もその1つだとは思いますが、業務の最適化を図るという発想も企業の方が優れています。

三重県知事をつとめていたときに、私は県庁にPDCA(Plan Do Check Action)のマネジメントサイクルを導入しました。事務事業を評価し直すことで、年間およそ3300万円に上っていたコストを削減していき、8年後には1800万円程度にまで縮小しました。もっとも、全体の予算規模からみると事務事業は非常に小さなもので、試行の意味をかねていました。

 なにしろ、県政にPDCAサイクルを導入するのは全国の自治体でも初めての試みだったのです。協力を依頼していたコンサルティング会社には、はじめの2年間で約2億円を払いました。PDCAサイクルの確立は県政の根幹に関わる重要な課題ですから、そのくらいの予算をかけてしかるべきだと思ったんです。

 職員には、コンサルティング会社を対等のパートナーと見なすよう説きました。互いの意見をぶつけ合って成果を得ようと。新しい文化を浸透させるには、議論することがもっとも重要です。外部の人間に刺激をもらうことで、多くの職員が成長しました。2億円かけて仮に200人が育ったとすると、1人あたり約100万円になります。人材育成の費用だと考えれば、むしろ安いといえます。その200人が、後々、他の職員にも影響を及ぼしていくわけですから。

 通常、自治体ではコンサルティング会社を単なる事務の外注先程度にしか考えていない場合が多いんです。だから、議論なんて生まれません。コンサルティング会社のほうも、いわれたとおりにやっておけばいい、という意識を持つようになってしまいます。

 しかし、こちらが真剣になれば、向こうも真剣になる。新しい試みということで、PDCAの時には活発に議論に応じてくれました。この事業を通してより大きく成長したのは、むしろコンサルティング会社の方だったかもしれないと思うほどです(笑)。とにかく、新しい文化を浸透させるには議論が一番なんです。

議論を重ねて公共経営を浸透させる

 私が知事として目指していたのは、一言でいえば公共経営です。当時はずいぶん奇異な考え方に見えたかもしれません。いまだに、公共の中に経営の概念を入れるのは卑しいという自治体があるくらいですから。

 もちろん、県政、市政を良くしようという気が職員にないわけではありません。政策論については、ものすごく熱心に考えています。しかし、それだけでは行政は良くならなかった。ならば哲学だけではなしに、実学を取り入れようというのが公共経営です。

 現在、私は早稲田大学大学院の公共経営研究科で教鞭を執っています。いわゆる専門職大学院ですから、院政のほとんどは自治体の職員です。修了すれば大半が自治体に戻っていきます。その教室で、三重県でPDCAの導入に取り組んだときと同じように、実学について議論を重ねています。

 理念・理論が不要だとは決して考えていません。しかし、それをいかに実行体制に落とし込むか、というノウハウを多くの自治体は持ち合わせていません。私の講義の目的は、現場へ戻ってから直接的に役立つ実学の大系を構築することです。

 「北京で一羽の蝶々がはばたいたら、ニューヨークでハリケーンが生じる」という言葉があります。三重県では、議論を重ねるうちに脱皮して蝶になる職員がでてきました。数は少なくても、その蝶が羽ばたくことで周りになにがしかの影響を与えていきます。やがてそれが響き合い、縦割りの壁を取り払って全体のソリューションにまで発展していくと私は考えています。

 これを全国に広げるため、多くの蝶を育てて日本中へ送り出すことが、今の私の仕事のひとつです。大学院は非日常の世界だから、入学から半年もすると、自治体にいたときの立場の鎧のようなものがはがれ落ちていきます。欲得とか出世とかも気にかける必要がなくなり、だんだんとフラットな立場で議論ができるようになっていくんです。これはアカデミアの世界だからこそできることでしょう。ここで育った蝶がそれぞれの地域に戻り、羽ばたき、響き合えば、いつか国を変えることもできる。そう信じています。