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 夏休みをいただき恐縮です。特に、京都造形芸術大学の竹村真一教授、ご提言を中断させた形になってしまい申し訳ありませんでした。

 さて、前回は、竹村先生がプロデュースした「愛・地球博」のやさしいITコンテンツ、マルチメディア地球儀「触れる地球」と、世界の子供達と顔をみながら対話ができる「地球の窓」をご紹介しましたが、氏は「愛・地球博」に先立ち、地球規模の知恵を私たち個々人の実感知につないでいく、感性の博物館「センソリウム」のプロデューサーとしても知られています。竹村先生に、このセンソリウムに至る問題意識をお尋ねしてみました。

「インターネットが普及し始めた90年代頃から、僕は「情報蛇口」なんて概念を提案していたんですね。自分が飲む水がどこからくるのかも分からない不健全さ、水の来し方行く末も分からない鈍感さに対して、できることがあるばすだと考えていました。

 自分の飲む水をきれいにすることで、逆に水がどこからくるのかを曖昧化する浄水器は、排水がどこへいくのかといった水の来し方行く末を忘却させる装置なんですね。さまざまな仕組みを外部化することで発展した今の都市インフラというのが、そもそもすべて同様の忘却装置なんです。

 そこで、忘却の装置じゃなくて、もう少し自分が飲んでいる水とか、食べ物とかの、来し方行く末に敏感になれる、センシティブになれる装置が必要だと考えました。それは、私たち人類が毎日地球を食べ、地球を飲んでいるってことを実感できる感性の装置。例えば、植物を育てるために使う「バーチャルウォーター」の存在などを知り得る装置があれば、地球を食べ、地球を飲んでいる実感を持つことができるし、環境と食や生存のつながりも感じることができるはずです。

 ものとか水とか電気とか、物量的に運ばれてくるインフラだけでなくて、その関係性を自分で感覚できる、情報の血管、情報のリンパ管、情報の神経系が必要だということです。私たちが体が熱いな、背中が痒いなと感じられるように、地球の熱さ、痒さがわかる仕組みがないこと自体がおかしいのです」。

 こうした問題意識から、竹村先生がまず構想した「情報蛇口」は、実際の蛇口の横に液晶パネルと小さなスピーカーを付け、蛇口をひねり、水が出てきたとたんに水源地の今の映像と音が出てくるというユニークなシステム。これ自体はまだ実現していないが、市民レベルで、私たち素人がインターネットを使えるようになった93、94年辺りから、氏のプロジェクトは拡がりを見せ始めるのである。

 「こんなことをいろいろしゃべっていたら、村井純さん、インターネットの日本の父のような人ですけど。彼から「インターネットエキスポ」をやらないかと誘われたんです。ワールドワイドで地球全体を連携して、インターネット上で博覧会をやりたい。ついては、自分はインフラ屋なので、そのうえでどのようなプログラムやコンテンツを作ったらいいか分からない。おまえさん、やらないかと言われたんですね。そして、インターネット博覧会の日本館を、勝手に「sensorium」と名付けて、感性の博物館みたいなものをでっちあげました(笑)。

 日本を考えるに際して、僕が考えたことは、日本は花鳥風月とかそんな文化はあるけど、そこにあぐらをかかないコンテンツのあり方でした。日本には千数百年に及ぶ感性文化の歴史がありますが、当代最高の文化人が平安の価値はこうであったと語るとか、利休はこうだったとか、過去を語ることしかできないというのはつまらなし、寂しい。

 そこで僕は、地震大国である日本からの発信を意識し、「Breathing Earth」というコンテンツを発想しました。世界中で発生する地震データをリアルタイムで集め、可視化するシステムです。地球のとこかで地震が起こると、リアルタイムでブラウザー上の地球がボコボコと揺れ動くような形にデザインしました。

 このBreathing Earthプロジェクトが96年。sensoriumに「Night and Day」が追加されたのが97年です。当時でも、ウェブカメラで、一日中火山をウォッチしている、富士山を写している、あるいはブラジルのどこかの道路をずっとウォッチしているといったピンホール画像がインターネット上には点在していました。それをそれぞれのウェブカメラの管理者にメールを書いて、時差1 時間ごとの画像を円形に並べたのです。これだけでも、映像の変化を見ていれば、リアルタイムな地球時計を感じられるんです」。

 竹村先生は、その後、茶室のデザインを手がける内田繁氏とのコラボレーションで、このNight and Dayを表示しているノートパソコンを掛け軸として、茶室に飾るという試みをしている。言ってみれば、「地球茶室」だ。

 「茶の本」を書いた岡倉天心は「茶の湯とは、小さな茶碗の中に広大な宇宙を見る芸術である」、と趣旨のこと語っている。もし、利休が今の時代を生きていたら、竹村先生同様のシステムを構築したかも知れない。茶室や茶碗という装置の中に、宇宙を盛り込む実践。竹村先生は、インターネットというバャーチャル空間に、まさに宇宙を盛り込もうとしたのである。そして、そこで言う宇宙とは、抽象論ではなく、花鳥風月という言葉に象徴されるように、その時その時の季節の変動をリアルタイムに体感できるコンテンツであるべきだ。氏のメッセージはこれである。

 「そこまで高尚なことをいわなくても、もっと日常的なところに、例えば「風鈴」なんかがあるじゃないですか。屋内にいてもチリリンという音で、それに喚起されて風の変化とか季節の流れに敏感になれるシステム。そういうのは全部、sensoriumなんですよ。赤池さんと共通で使っている言葉で言えば、「センスウエア」。現代の社会にそういう文化力としてセンスウエアデザインというのがなさ過ぎるので、利休や枕草子に負けない、現代のセンスウエアを作りたいんですね」。