PR

多様に成熟化していくこれからの情報社会においては、マスプロダクトからカスタマイズプロダクトの実現を、さまざまな試作努力を通じて形にすることが大切である。前回、山中さんは、大根おろしのデザイン開発を通じてこのことをメッセージしてくれた。

私が専門とするユニバーサルデザインの世界でも、同様の議論が交わされるようになってきた。1つのスタンダードプロダクトで、ワールドワイドに、あるいはあらゆる民族や人種に、マイノリティーにもメジャーにもみんな使えるものを作ろうというのは、古きモダンデザインに毒されているユニバーサルデザインである。

究極のユニバーサルデザインとは、もっとローカルで、個別なもの。ここで、山中氏と共感したのは、「ローカルカスタマイズ」というキーワードである。そのポイントは、商品群全体として、誰もが欲しいものが選べる、チョイスできる仕組みと、その1つチョイスしたものが誰にでも使える必要はないという開き直りである。これが産業としてのユニバーサルデザインの、そして誰でもが使えるということに対する究極の答えだと信じている。

実は、こうしたローカルカスタマイズの象徴的なプロダクトとして、山中氏らが開発した、「tag type」をご紹介したいと思う。ユニバーサルデザインの実践に際して、「日本的価値」を意識することの重要性について、私は常に熱く語ってきた。実は、そのお手本として必ずご紹介してきたのが、この新しい日本語入力方式「tag type」である。

えとう乱星さんという歴史伝奇作家がいる。脊椎に障害を持たれている氏は、バソコンを用い、不自由な指で小説を書き続けていた。彼の知人に、東京大学工学研究科安心設計学研究室の、当時大学院生だった田川君がいた。彼は、えとう氏の作家生活を支えるために、日本語入力に特化したまったく新しい端末方式を着想し、その構想を支え、デザインプロダクトとして形にしたのが、実は山中さんなのである。ちなみに、田川さんは現在、山中さんのデザイン事務所、Leading Edge Designの社員である。

tagtype.jpgtag typeのオフィシャルページ。(画像をクリックすると新しいウインドウで、左記オフィシャルページが開きます)

さて、tag typeのメインキーは、わずかに十個である。そのそれぞれが「あかさたなはまやらわ」の五十音に対応している。例えば、「け」を入力する場合、まず一回目のタッチで「か行」を選択すると、キーは「かきくけこかきくけこ」に変換され、左右いずれかの四番目のボタンを押せば、「け」の文字が入力できる。要するに、ツービートのダブルクリツクで、すべての日本語をスピード入力できるのだ。

この試作機は、アルファベットではなく、五十音表をベースにした簡単入力と、ボタンの少なさにその特徴を持つ。東京大学で行われた被験者調査によれば、二十時間習熟者で、一分間に五十文字の入力が可能。充分に事業性を持つ、実用的な入力速度だ。日本語という日本的価値に特化して開発されたところに、これからのユニバーサルデザインを示唆する大いなる可能性がある。

山中俊治さんは、高齢者、障害者が扱いやすい親指だけでの入力と、キーボードも机もいらない自然な姿勢での入力に配慮し、ゲーム機端末に似た形状を取り入れ、デザインに磨きをかけた。そして、試作メーカーのニチナンに依頼し、「たった十個のキーで、親指だけの高速入力。誰でも簡単、机のいらない、新しい日本語生活」を形にするユニバーサルキーボードを形にしたのである。

アルファベットではなく、五十音表をベースとした、この日本語入力用のテンキー端末「tag type」は、コンパクトなゲーム端末に似た新しいキーボードで、幼い子供たちや高齢者でも扱いやすく、ベッドでも屋外でも入力操作ができる優れモノである。ゲームに慣れた子供たちは、あっと言う間に操作に習熟し、もちろんゲームコントローラーへの組み込みも可能だ。そして、最も重要なことは、携帯電話やモバイルツール、テレビなどの家電製品のリモコンに組み込むことで、新しい情報家電の入力標準として、その発展が大いに期待できることである。
 
ここで山中俊治さんは語る。

「ごろ寝のメール、カウチポテトでインターネット、ケータイの達人、コトバでゲーム。高効率でコンパクト、かつユニバーサルな日本語入力環境の提供は、こうした楽しいメリットをもたらします。また、i-modeにおける日本語入力がいかに面倒かはご存知の通りです。携帯端末の入力方式をこれに変えられるかも知れないと、大きな夢を持ちながら仲間たちと形にしました。

僕の仕事のというのは、ロボットでもそうだし、キーボードでもそうなんだけど、それはやっぱりこう、フィジカルなものが人間と向き合う場面というのは、本当に作ってみてテストしないと分からないんです。それは理由は簡単で、物の方は結構自然科学ベースでいろいろ作れるんだけど、残念ながら自然科学ってあまりにも人間のことを分かっていないので、だからその物と人間が触れ合った状況というのをシミュレートする方法が全然ないんですよね、実際の人間たちを使う以外にはね。

ある程度ガイドラインとか、人間工学とか、もちろんあるんだけど、やっぱりでもそれは、もうすでにある確立したものに対して、いろいろ実験を積み重ねた結果にしかすぎなくて、新しいものを作ったときに、それの使い勝手がどうかなというのとか、それと人が接したときに、どんなふうにそれが振る舞うかなというのは、作ってみるしか方法がないんです。

それで、両手親指キーボードを作った時に、自分たちでというか、田川欣哉の能力が大きいんだけど、僕と田川とその友達の何人かのデザインエンジニアたちと一緒に始めたことは、とにかく作ってみようというので、基板も自分たちで手作りでもいい、スイッチも手作りでもいい、機構も加工は外へ出すけど、基本的にそのときにはNCとかCADが役に立つんですけど、やっぱりラピッドプロトタイピングも役に立つんですけど、とにかく1品でもいいから本物っぽく動くものを作ろうよというのを、ずっとデザインのプロセスとしてやってきたんですね」。

そうなのだ。このユニバーサル端末の開発は、技術力、デザイン力、試作力を持った個人たちが集まり、企業に頼ることなく形にしたものである。社会的使命を意識した個人たちが集まり、技術開発とデザイン開発を同時進行させながら画期的な日本語入力機を形にしたのである。

「企業が開発した技術に、親しみやすい表層的な視覚効果を与える。デザインが、技術の"上薬"であった時代は過去のものです。デザインと技術開発が絡み合いながら進行する開発プロセスが、これからの製品開発の基調になるかも知れません」と、山中さんは言う。

まだ成長しきっていない技術に、デザイナーが形を与えて公開し、ユーザーやメーカーがその価値を問いながら改良していくものづくり。技術の是非を市場原理に委ねる過去の方式に、山中さんらの取り組みは今、大いなる一石を投じようとしているのだ。