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 人にやさしいITプロダクトを考える時に大切なことは、モノと人が接した時に発生する不確定要素の解決である。経験やフィジカルな能力の違い、ある種のローカリティの差異。そうした課題をまず精査して、そのソリューションを見出すことが必要なのだ。「ハードのデザインは、CADで充分」。そんな安易なデザイン発想が、ユニバーサルデザインやキッズデザインの大切さを見落させてきた温床なのだ。

 実は、今でこそ普及したSuicaだが、1996年当時、JRの重役たちの間では、「Suicaは3割打者だ」と揶揄され、そのプロジェクトはほとんどつぶれかかっていたのである。3割打者とは、カードが3回に1回ぐらいしかリーダーに反応しない、これでは使えない、という喩えである。この問題を解決した仕掛け人が、山中さんである。山中さんはこう当時を振り返る。

「僕らが提案したのは、とにかく作って、実験してみようというものでした。なぜ、カードがリーダーに反応しないのか。それをみんなで観察しましょうと実験計画書を提出したんですね。  

 IT機器だけでなく、ユーザビリティに関わる課題発見やその解決のためには、開発に関わるメンバー全員で、試作器の不具合を観察することが大切だとずっと感じてきました。俺はこうだと言っている人をみんな集めて、ユーザーがどこでつまずくか、どれがうまくいくかというのを見せると、みんな一様にショックを受けるんです。えっ、あんなところで引っ掛かるんだ、とね。もちろん、先入観を持っている僕らデザイナーの予想も、多くのケースで当たらないんですね(笑い)。

 でも、これはとても重要なことで、プロトタイプを作ってやってみると、「ああ、人と物ってこういうふうなことが起こるんだ」という、いつも新鮮な発見があります。それが人に寄り添うものを作る時に、とても重要な部分だと思うんですね。

 さて、そのSuicaですが、なぜ三割打者かというと、ユーザーがどうもちゃんとかざしてくれないと言うんですね。また、読み込みに0.2秒ぐらいかかるんですが、その0.2秒を待ってくれない、ひゅっと猛スピードで振り抜いてしまうそんなんです。当時のメーカーたちもいろいろな努力をしたそうですが、場当たり的にいろいろなことをやっても、うまくいかない。何とかデザインで解決できないかと相談を受けたんです。

たまたま、僕と一緒にオフィスを使っていた友達のスタッフの一人に、木工細工が得意な人がいたんです。その人にベニヤ板でいろいろな形のアンテナリーダーを作ってもらって、ソニーさんの本物のアンテナを裏に張り付けて、それでへこませたり、こう向きを傾けたり、溝を付けたりと、検知器の試作を行いました。それを実際に駅の改札に設置し、ユーザーがどんな行動を見せるかと、実地に検証してみたんです。テストモデルは、6つほどでしたが、なぜカードを読み込めないのか、そんなユーザーの行動心理学が顕著に見えてきたんです。

 読み取りテストは、すべてブラインドでやりました。つまり、隣の人が何をやったかというのを見ていちゃいけない、見せちゃいけない。それから説明の言葉もとても気を付けなきゃいけなくて、例えば、かざしてくださいと言っちゃいけないんです。かざしてくださいと言ったら、かざすという行為にもう縛られるんですよ。だから、「突っ込まなくても、いい改札機です、何とか通ってみてください」といった、まだるっこしい解説を行いました。予備知識をとにかく与えない努力をして、データを取る半分は、JRの社員の人に集めてもらいました。社員の人もいるし、それから社員のお父さんであるとか、社員の妹であるとかという、何かこちらで年齢と男女別を指定して、とにかくどれもIT関係に詳しくない人ねというので指定して、それでテストをしたんです。

もう一つ僕らが指定したことは、駅じゃなきゃだめ、実験室じゃだめという提案でした。試作したアンテナを改札機の上に乗せて、パソコンをつないで、2台のカメラ、真上からのカメラと横からのカメラとで撮影して、1人ずつ通ってもらって、その行動と反応を検証しました。 

そんなテストと観察でわかったことは、フラットなアンテナリーダーの場合、カードを振るようにスピーディにかざしてしまい、読みとれないということでした。そこで、リーダーサイドに傾斜を与え、かざすスピードを落としてくれるようにデザインしたんですね。現在の形がまさにそれです」。

モノを作りながら考えようという山中さんの提案。これは、ITの開発において、特に重要なアプローチである。NTTやKDDIのような情報通信企業は、IT機器の使い勝手やサービスを提供しても、それを実現する実際の機器を設計するのは、メーカーたちである。つまり、モノがメーカーから出てこない限り、情報通信会社は、本当にいいものなのかどうかがわからないという構造的な課題が存在するのである。かくして、トップが経験的、直感的に決めた机上の空論が設計仕様となってばらまかれ、もうそこからは変えられないという問題が生じてしまうのである。

「その象徴が、携帯電話ですね。そこでNTTドコモさんに、社内向けに携帯電話の汎用インターフェイス実験機を作りましょうという提案も行ったんですね。それが、OnQプロジェクト、僕らはユーザーインターフェイスプロジェクトと呼んでいるんですね」。

その詳細はいかなるものか。続きは次回!!