先だってインターネット・アーカイブを主宰するブリュースター・ケールと話をしていたら、「テクニカルNPO」の話題になった。技術系非営利組織。つまりは、技術を開発し、場合によってはそれを運営することを営利的論理に縛られないで行おうという動きである。ケールは今、そうしたNPOがどんどん増えていて、それが拡大すれば社会のあり方に影響力を与えると言う。

ご存知の方も多いと思うが、インターネット・アーカイブ(IA)は1996年に創設された、これ自身も非営利組織で、インターネット上の新旧すべてのページをアーカイブ化することを目指している。IAのサイトにあるウェイバック・マシーン(時を逆戻るマシーン)にアクセスすると、インターネット黎明期のナイーブなウェブサイトや、バブル崩壊で消えてしまったスタートアップ企業のなつかしいサイトなど、本来ならばもう見られなくなったウェブページを呼び出すことができる。

IAでは2000台以上のリナックス・コンピュータを用いて、今や1億あるとされるウェブサイトを定期的にクロールし、さらにそこからリンクを貼っているページを調べ上げるという気の遠くなるような作業を続けているが、その究極の目的は「あらゆる知識に普遍のアクセスを提供すること」だ。モデルになっているのは、紀元前300年に作られたアレキサンドリア図書館。知識こそが人類の力であるという信念にならい、インターネットの力を借りれば今こそその理念を実現できると、ケールは信じているわけである。

で、ケールの言うテクニカルNPOは、たとえばリナックスのようなボランティア・プログラマーがつくるオープンソースのソフトウェアの動きをきっかけにしてその後に生まれたアパッチ財団(ウェブ・サーバーを開発)、モジラ財団(Firefoxブラウザーを開発)、OSAF財団(個人用情報ツール管理ソフトを開発)、ウィキメディア(インターネット百科事典)、100ドルのラップトップ・プログラムなどの組織を指している。IAも含め、こうした組織が大きなエコシステムを作れば、超安価なコンピュータを手にしたすべての人々がインターネットにアクセスして、そこから知識をダウンロードできるようになる。IAの目指す「あらゆる知識に普遍のアクセスを提供する」ことが実現され、貧乏・金持ちに関わらずあらゆる人々があらゆる知識を自分のものにできる世界がやってくるのだ。

私がシリコンバレーにいて精神のバランスを保てるように感じるのは、こういった話を聞いた時である。グーグルがどこそこの会社を何10億ドルで買収したとか、どこそこの会社のCEOの年俸は数10億円などという話ばかりを聞いていると、正直なところ、ここには富の競争以外の価値モデルはないものかと考え込んでしまうことがよくあるのだ。

実際、テクノロジーにおけるイノベーションに対する意欲は強烈だが、成功した個人がどうふるまうべきかについてシリコンバレー人はずいぶん保守的だと感じることが多々ある。いったん成功を収めると高級車を買い、エクスクルーシブな高級住宅地に豪邸を建てて、子供を高い私立学校に入学させ、休暇には自家用機で別荘に飛ぶ。テクノロジーに対してあれだけ革新的な思考ができる人々が、どうして既存の社会システムにいともたやすく取り込まれてしまうのか。私のやっかみを差し引いても、現実社会に対する彼らのナイーブさと無頓着さに、ちょっとうんざり、がっかりさせられるのである。

「第二次世界大戦後、アメリカの企業は過度に単純化して残酷な組織になり果てちゃったんです。テクニカルNPOは、こういうやり方じゃない、もっと違った方法で世の中のためになることをやろうと言い出す人が出てきたということでしょう」。
ケールは、テクノロジー業界のひと握りの人々が、NPOになら企業にも政府にもできない何かを補い、それによって最終的には社会を変えられると信じているのだと言う。

ケール自身は、マサチューセッツ工科大学を卒業した後、在学中に開発した検索技術をもとに起業し、その会社をAOLに1500万ドルで売却。さらにその後ウェブのユーザー・パターンをモニターするアレクサ・インターネット社をアマゾンに2億5000万ドルで売却したという、マルチ・ビリオネアである。失礼ながら、一見したところ富豪にはとうてい見えないが、IAも設立当初の数年間は数100万ドル(数億円)の私財を投じて運営していた。

自分の力で世界を変えられると信じているこの「当事者意識」、そしてそのためにテクノロジーを用いた壮大な実験を行っている人々。こうした人がいることが、このシリコンバレーという地域のおもしろい力学だと感じるのである。

さて、ケールがなぜすべてのウェブページをアーカーブしなくてはならないと考えているのか。そこにはとても興味深い視点があるので、それについては次回のコラムでお伝えしたい。