中小企業に電話でパソコンを販売し始めてから1~2年で、私の部署はデルジャパンで最大の部隊に成長していました。日本法人全体の売り上げのうち、55%をたたき出すまでになっていたのです。私もイケイケドンドンで、自分のオフィスに「オペレーション・サンダーストーム本部」と掲げ、「敵をつぶせ!絶対に負けるな!」という勢いで部下を率いていました。典型的なベンチャーのリーダーですね。知り合いからは、当時の私はまるで暴君のようだったといわれます。しかし部内は1つに結束できていたのですから、私としては「若きカリスマリーダー」とでも呼んでほしいのですが(笑)。

 その後、私はまたゼロから営業本部を立ち上げるよう命じられます。従業員数500人から1000人程度の中堅企業に対して、デルのパソコンは売れていなかった。だから中堅企業向けの営業部を新設し、攻略することになったのです。私は100人以上の部下を後任に託し、10人だけの手勢を率いて、その部署をスタートさせました。本当にゼロ円から始めましたが、2年後には、またしてもデルジャパンで最大の営業本部に育てることができました。このころは、事業をスタートアップすることに関してのリーダーシップの1つのスタイルを確立していたと思います。

 ただし、できない人にはやめてもらうこともありましたし、かなりハードコアでした。私が熱さと同時に持っていた厳格さは、当時の社長の影響が強かったですね。アメリカ人だったのですが、軍隊などを経た後、アメリカの巨大企業でかなり上の方まで上り詰めたところで、デルに引き抜かれてきた人です。激しい競争を鋼の精神で勝ち抜いてきた、非常に優秀だけれど、厳格な人でした。プライベートでは冗談ばかり言っている温厚で楽しい人なのですが、仕事となると、その厳しさは尋常ではありませんでした。

「コミットメント」の厳しさを学ぶ

 彼の1番好きな言葉は「コミットメント」で、カルロス・ゴーンさんがこの言葉を有名にするより前から、盛んに使っていました。毎週、各本部長が集まる営業会議が開かれ、今期はこれだけの売り上げ、利益で終わりそうだと、それぞれに売り上げ予測を発表します。四半期決算なので、3カ月の終わりが近づくにつれ確実性の高い数字が求められるようになります。ここで生ぬるい発言をすると、社長は大声で怒鳴り、机をたたいて、「やる気がないなら出て行け!」という勢いで叱りとばすんです。

 おまえたちはリーダーだ。リーダーたるもの、「着地予想」などと生ぬるいことをいってはならない。お前の「コミットメント」をいえ。1度やるといったら命がけでやるのがリーダーだと、毎週、徹底的にたたき込まれましたね。それについて行けない日本人幹部は辞めていき、生き残ったのは私くらいでした。コミットメントとは、約束したことは絶対に死んでもやり遂げるという強い精神です。絶対に最後まであきらめない。何があってもやり遂げる。他人のせいにはしない。責任は全部自分が引き受ける。これができなければリーダーではない。私もよく「do or die」出来なければ死んでみせます、ということを言っていました。まれに未達成だったことはありましたが、さすがに命を差し出さなくてすみましたけれど(笑い)

 彼には本当に鍛えられました。後に、「お前には特別厳しくしていたんだ。ごめんね」と打ち明けられましたが、私を次期の社長に任命してくれたのは彼なんです。私を見込んでくれていたんですね。彼に教わったのはコミットメントだけではありません。たとえば私が忙しいときに部下に対して無神経な態度で応答したら、それをめざとく見つけて、ああいう言い方は良くないと諭す、そんな細やかさも持っている。ただ、彼から学んだ一番貴重なものは、やはりコミットメントでした。リーダーの素養として、絶対に欠かせないものだと思っています。

(構成 曽根武仁=百年堂)