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 ここ1カ月で大きなニュースと言えば、マイクロソフトとノベルがLinuxで提携したことだろう。これが業界にとって不意打ちだったことは明らかだ。しかし、よく考えてみれば、私にとってはそれほどの驚きではなかった。少なくとも、衝撃とまでは言えないと思う。

 つまり、マルチプロセッサーと仮想化の時代には、OSは以前ほど重要ではなくなる。このことは前回のWinHEC以来、かなりはっきりしていたはずだ。今では、Parallellsを使ってWindows XPあるいはVistaを、Intel Macのアプリケーションとして動かすことができる。実際、十分に強力なIntel Macを使えば、Mac OSの下のWindowsでたくさんのアプリケーションを実行できるのだ。

 また、Mac OSの下にあるUNIXの機能を使って、あるアプリケーションの結果を別のアプリケーションに送ったり、WindowsアプリケーションからMacのプログラムに送ったりできる。私は、誰かがこれをやったと言っているわけではない。しかし誰かがやったとしても、驚くほどのことではない。それに私は、まもなくそういう使い方がパワー・ユーザーにとっては当たり前になると確信している。

 そもそもOSのすばらしさを堪能するためにコンピューターを使っているなんて人を私は見たことがない。我々の多くにとって、コンピューターを使う上で重要なのはアプリケーションである。マイクロソフトはOSの企業として出発したのではなかった。たまたま、そうなったのだ。

 ゲーリー・キルドールが自家用機で遊んでいる間、彼の妻で法律に通じたドッティがデジタル・リサーチ社を預かっていた。そこへIBM社のチームが来て、巨額の秘密保持契約を持ちかけたが、ドッティはサインしようとしなかった。

 もしゲーリーがその朝、家にいたら、IBMはDOSではなくCP/MをIBM PCに載せ、プログラム言語は間違いなく、BASICではなくPASCALとPILOTになっていただろう。この話は以前したことがあるので、繰り返さない。重要なのは、マイクロソフトはOS開発企業としてではなく、アプリケーションと言語の企業として出発したということだ。

 マイクロソフトは、DOSで得た莫大な収入をWindowsの開発につぎ込み、Windowsで得た利益で他の多くの製品を開発することができた。Windowsは今でもマイクロソフトの最も安定した収入源だ。しかし、過剰なまでの計算能力によって十分な仮想化能力を持つようになる時代のことを、ゲイツとバルマーが前もって考えていなかったとしたら驚きだ。

Linuxへの攻撃という穿った見方も

 しかし、誰もがこれを単にビジネス上の変化と見ているわけではない。私の友人のボブ・トンプソンは長年の経験から、マイクロソフトの製品と同社の商習慣に疑念を抱いており、こう言っている。

 「ニワトリが狐と不可侵条約を結んだ。ノベルは、路上でひき殺される動物になることを自ら志願したことになる。かなり明白なことだが、これはマイクロソフトがLinuxに対して、特許を武器に一斉射撃を開始したことを意味する」。

 「これまでマイクロソフトには、Linuxに対して特許を使う上で大きな制約が2つあった。つまり、Linux関連企業の特許資産と、有罪判決が下されたマイクロソフトの独占企業としての立場だ。今回の契約は、Linux企業大手の1社であるノベルの特許資産を闘争の場から除外する」。

 「さらに、独占的な振る舞いをしているという告発に対する防御を、マイクロソフトにもたらす。なぜなら同社はこの契約を、同社はLinuxを攻撃しているのではなく、同社の特許を侵害したLinux企業だけを攻撃している証拠とすることができるからだ。マイクロソフトと握手をした後は、指を数えたほうがいい」。

 私の考えは違う。私は、スティーブ・バルマーはあまりよく知らない。しかし、ビル・ゲイツは20年以上前から知っている。ゲイツは、法制度を利用して利益を出そうなどと考えたことは一度もない。反トラスト訴訟が起こるまで、マイクロソフトはワシントンにロビーを持っていなかった。マイクロソフトのワシントンオフィスは、販売とマーケティングを行うもので、ロビー活動はしていなかったのだ。

 もちろん、今はしている。当時私が述べた通り、マイクロソフトが訴訟から大きな影響を受けて実施したのは、マイクロソフトのワシントンオフィスに凄腕のロビイストを十分に配置し、莫大な予算を与えることだった。ゲイツは法廷闘争を好まない。だが、反トラスト訴訟はそれがいかに高くつくかを彼に教えた。また、彼がゲームに参加する時には、勝つために参加するのだ。

 とは言ってもマイクロソフトは、一連の訴訟を始めるためにノベルおよびLinuxと握手したわけではないだろう。マイクロソフトはLinuxアプリケーションの販売で分け前を得るつもりなのだと私は思う。ちょっと時間はかかったが、高速システムと仮想化機能が自由に使えるようになろうとしている今、マイクロソフトは、OSを持つことがもはや無限の富の鍵ではないことを理解している。富の鍵となるのはアプリケーションだ。