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 熊本空港に到着して、八代行きの「空港直行高速バス エアポートリニア スーパーばんぺいゆ」を探しているのだがみつからない。さて? バスはどこにあるのか。近くにいた男性に訪ねたら、彼は黙って目の前のマイクロバスを指さした。

 ばんぺいゆ(晩白柚)とは、熊本県八代市特産のザボンの一種で、大きいものは直径65cm、重さは3kgになるという世界最大級の柑橘類である。スーパーばんぺいゆだから、絶対にジャンボなバスだと思い込んでいたのだが、かわいいミカンだった。ばんぺいゆの絵がたくさん貼ってある小さな高速バスに乗って、45分で八代市の中心部に到着した。東京を離れてわずか2時間半である。

 八代は海に面する城下町である。だから、駅は街のはずれにあって、お城を中心に街がつくられている。ここに暮らす人たちは、きっと、お城を中心とした輪の中で暮らしていることを今も意識していると思う。

街の情報は人に集まる

 市役所は城跡の隣にあって、まさに街の真ん中である。市役所の情報関係の部屋というのは、だいたい建物の隅っこの、そのまた隅っこの、さらにその奥のようなところにあるものだが、八代市役所の情報推進課もご多分にもれず、そんな場所にあった。そして、これもまた役所の情報部屋の常であるが、入口で靴を脱いでスリッパに履き替える。

 「やあ、いらっしゃい! 遠いのにわざわざお出かけいただいて」小林隆生さんは、スリッパを出しながら、いつものとおり温和な笑顔で迎えてくれた※1。小林さんとは、国の会議やら、イベントやらで、何度もお会いするのだけれど、なかなか時間をかけてお話をうかがう機会が持てないでいた。

 地元の高専で情報技術を学んで、市役所に勤めた生粋の八代っ子である小林さんは、市役所のホームページを担当することになったのだが、アクセス数が伸びずに悩んでいた。でも、よく考えてみれば、住民がいつも行政を意識して暮らすなんていうのは変である。住民が必要とする街の情報のほとんどは、街に暮らす人が持っている。街の情報は、中心ではなくて、街のいたるところに散らばっているのだ。それに、住民が求めているものは、行政とのつながりじゃなくて、住民同士のつながりだ。

 それならと、小林さんが一人で開発してしまったのが地域SNS「ごろっとやっちろ」だ。住民の声を聴いてはインターフェイスを自ら直す。使ってみてはまた直す。だから、どんどんシステムは成長し、人々に使われてゆく。予算はもちろん、小林さんの手間だけだから、ゼロ。このシステムはオープンソースとしても公開されている※2

 ごろっとやっちろは、2004年10月の開設以来、わずか1年で約1,700名の登録があり、さらに現在では約2,800名が登録するサイトになっている。登録者の8割以上は住民だというから、人口約14万人の地方都市のサイトとしては驚くべき数字である。

「人が情報に集まるのではなくて、情報は人に集まるんです。だから、人のつながりを大切にすればいい。」そういいながら肩に力を入れずに話す小林さんが、「がんがん」※3から出してきてくれたのは、みんな赤い顔をして楽しそうに写っているオフ会の写真だった。

街の暖かさをインターネットに再現

 ごろっとやっちろを覗いてみてほしい。ごろっとに参加しているみなさんが、このサイトをとても愛していることがわかる。「ごろっと盛り上げ隊」とか、「ごろっと風紀委員会」なんていうコミュニティができていたりもする。八代に暮らす人々の顔がみえるつながり、そのつながりをみんながいつまでも大切にしたいと願っている様子がよくわかる。そして参加者が、みんなのために、貢献しようとしている様子がよくわかる。その気持ちは、参加者に伝わり、がんばる人に感謝し、みんながその活動を支えている。

 インターネットの第一世代を担った僕達は、電子会議室で苦い経験をした。今から10年前、僕は行政の現場にいて電子会議室を開こうとしたとき、地域社会の人々の顔が見えるやさしい人と人とのつながりが、たくさん出来上がるものと信じていた。でも、そうした期待は、あまりに強い匿名性への主張や、電子会議室の参加に過度の期待を寄せる顔の見えない市民の厳しい言葉が、北風となって吹き飛ばされてしまった。

 ごろっとやっちろは違う。「田舎だから」と小林さんは謙遜して言うけれど、日本の地方自治体は、どの地域も世代を超えた縦のつながりさえ失われようとしている。八代だって同じはずだ。ここは、緩やかに閉じられて、暖かく包み込まれた街の空間をインターネットに再現してみせて、もう一度、人々をつなげたのだろう。そこにある暖かさは、心の北風の吹く都会の人間にはうらやましい。

 このサイトの画面は、柑橘系の暖かなオレンジ色。「ミクシィより先にオレンジ色だったんですよ」と小林さんは笑う。人々をやさしく包み込むようにとこの色を選んだそうだ。今はかわいいミカンだけれど、そのうち、分厚くて、白くて、ふわふわとした皮につつまれた ばんぺいゆのように、八代の人たちは、ごろっとやっちろを大きく大切に育ててゆくにちがいない。

【注】
※1 僕の名前とわずか一文字違いですけれど、兄弟、親戚というわけではありません(笑)。【本文に戻る】
※2 オープンソースのSNS「open gorotto」はこのWebサイトで公開されています。【本文に戻る】
※3 八代の言葉で「がんがん」は、関東の言葉でいうと「カンカラ」で、お菓子、のり、お茶などの入っていた空き缶のことです。ごろっとやっちろのシステムの中では、ファイルの収納スペースを「がんがん」と呼んでいます。その地域の言葉でシステムの機能名がつけられているなんて、かわいくて素敵ですね。【本文に戻る】