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 OSの開発について、エリック・ポバースが次のようにコメントした。

 「マイクロソフトが不承不承OS企業になったと考えているのかもしれないが、IBMとの契約の本当の価値は、プログラミング・ツールとアプリケーションだった。DOSビジネスは、利益は生むが魅力のない泥沼であり、そこからIBMを救うアプリケーションプラットフォームと見なされていたのはMacだ。それに次ぐ大きな希望はOS/2だったが、IBMには消費者向けの製品を開発する手掛かりがないことが明らかになるとその希望は消えた」。

 「これらの取り組みに関与したマイクロソフトの元社員たちが告白本で繰り返し取り上げているのは、プラットフォームを提供するという荷の重い仕事は、誰か他の人にやらせたいという願望である。どんなに報酬が与えられても、OS開発は世界に自分の名を知らしめたいと望む若いコード開発者からは低く見られていた」。

 「マイクロソフトはそれを克服したように見える。同社がビデオゲーム・ビジネスに参入することを決めた時、既存のゲーム機ブランドのサードパーティー・パブリッシャーになるのではなく、独自のマシンを持つべきだということを最初から認識していた」。

 確かに面白い。ピーター・グラスコウスキーはこう指摘する。「そもそもDOS自体、CP/Mから派生した他人のコードで始まったものだ。マイクロソフトの社員がOS部門に配属されるのを喜ばなかったのも意外ではない。それにマイクロソフトのOSは、ソフトウエア開発の世界であまり尊敬されなかった」。

 この状況が今は変わっていることに異論はないと思う。グラスコウスキーはこう指摘する。「Windows部門はこのような初期の誤った考え方から脱しつつあると思う。Windowsは、Vistaでついに、安全な基盤や優れたマルチメディアAPI、そして魅力あるUIを得た。我々は、それが実際にどう機能するかを見定めなければならないが、これによってWindowsチームの評判は高まると思う」。

 以前論じたことがあるが、Windows、中でもInternet Explorerは、セキュリティではなく拡張性を目的として構築された。ソフトウエアの拡張性を高めることは、脆弱性を高めることでもある。私はVistaで好ましい経験をしている。マイクロソフトにいる私の友人たちは、心からそれを誇りに思い、熱狂している。

 グラスコウスキーはさらにこうも指摘する。「これに対し、アップルのMac OS Xチームは自分の仕事を常に誇りに思ってきた。また、魅力という点で言うと、Linuxの開発は名を上げるには素晴らしい方法だ。Linuxには、独創性や競争相手(Windows)の持つ洗練された感じはないが、得られる達成感は魅力だ」。

SCOの大騒動を振り返る

 マイクロソフトは自社の利益のために法的システムを悪用しようとしていると考える人もいる。SCOの訴訟を連想してのことだ。これは、見ようによってはLinuxの足をひっぱろうとする行為だった。実際には、訴訟によって多くの企業がSCO UNIXからLinuxへ乗り換えたが、これはまったく予想外の影響だった。

 ボブ・トンプソンによる要約を見てみよう。