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 成人代表の女子学生は「ありがとう」と涙していた。

 成人の日に報道された北海道夕張市の「成人祭」のニュースだ。財政問題を抱える行政が成人式の予算を打ち切ったために、地域の人々とともに、寄付を募って開いた手作りの門出だった。心からうれしくて言った美しい「ありがとう」だった。

 今、夕張市は、財政再建問題を抱えて苦しんでいる。苦しんでいるまちの小さな喜びとして、この日の報道があったのだと思うけれど、なぜ、これほどまでに、苦しみに対する喜びが鮮烈なコントラストを僕の心の中に描いたのだろう。

 夕張市は、1960年代に石炭産業でにぎわっていた頃、12万人に近い人口を抱えていた。だが、現在は、人口わずか1万3千人の「まち」になっている。この人口は、1906年(明治39年)、つまり、今から100年前の人口1万8千人をも下回っているのである。

 50年で急速に成長した産業都市は、50年で急速に衰えて、元の自然なまちの姿に戻ろうとしている。

 夕張市は、1980~1990年代にかけて、石炭から観光のまちづくりへと産業の乗り換え政策を進めた。「夕張メロン」にはじまり、「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」は、とても立派な成果を収めたが、「石炭の歴史村」などへの投資は、衰退するまちの身の丈には、余りあるものだった。

 夕張の産業都市としての衰退は、誰の目にも明らかだったはずだ。観光への取組も、かつての都市の勢いを回復するどころか、人口の面からみても、衰退の速度を抑える効果がなかったのは明らかだった。

 それでも、夕張市は観光産業による成長を志向し続けた。ディズニーランドがアメリカにお目見えしたのは1955年のことだ。テーマパークは古い政策であるし、1平方キロメートルに何千人も住む大都市圏にあるのならまだしも、1平方キロメートルに19人しか住んでいない北海道の自治体が、それを進めるのは無謀だったと思う。せめて、うまくゆかないと気づいたときに、そんな政策はやめるべきだった。

 だが、やめることができないでいるのは、夕張市だけではない。情報社会の今日になっても、日本の多くの産業都市が、地域経済の成長を志向する新産業の育成策に見切りをつけることができていない。

価値観の変化に気づく努力と勇気を

 夕張市が経験したのは、100年という時間の中での栄枯盛衰だった。急速に発展した都市は、いつかは衰退する。それなのに、人の命は短いから、私たち人間は、数十年の間に築かれた価値観に強く惹かれ、経済的な射幸心を膨らませてしまうことが多い。

 情報技術を用いずに、生体の能力だけで情報を伝えるならば、人間はせいぜい三世代、90年程度の情報しか伝承できない。しかも、その情報はわずかなものだ。成長期を謳歌した世代の人々は、次世代にもその価値観に基づく成長と繁栄を求めたのだ。年功序列的な階層構造をもつ組織は、方針の転換が苦手だ。

 経済成長のための政策を捨ててしまえと、無謀なことをいっているのではない。時の流れとともに、その時代を生きる人々の求める価値観は変わる。価値観の変化に気づく努力と、方針を転換する勇気が必要だ。

 成長も、衰退も経験した新しい社会に暮らす若者たちは、地域社会の未来人だ。

 社会の成長と安定、人々の自由と秩序のバランスを保つことが、地域社会の持続可能性の確保には必要だ。目的地がはっきりしていれば、高速道路を安全のための秩序に従ってひた走ればよい。けれども、初めて歩く山道であれば、目に映る光はもちろん、音、におい、風、気温、水、食料と五感を使って、自分を取り巻く環境に細心の注意を払うだろう。

 社会評論家として知られるイヴァン・イリイチ(Ivan Illich)は、「科学上の発見には2つの利用方法がある。ひとつは、機能の専門化と価値の制度化と権力の集中により、人々を官僚制と機械の付属物に変えてしまう方法、もう一つは、それぞれの人間の能力と管理と自発性の範囲を拡大する方法である。」と指摘している※1

 地域社会は、今、自分達を取り巻く環境の変化に気づき、新しい社会を築くために、情報技術を駆使して、人間の能力以上に五感を拡張させて、自発性の範囲を拡大しなければならない。その努力を怠る自治体は、おそらく破綻の道を進むだろう。

 誰が払ったのかわからない顔のみえない税金を使って、私たちは、衣食住を満たすために経済成長という高速道路を作り、その上をできるだけ規律正しく、効率的に走ってきた。だが、それだけでは、社会の持続可能性は確保されないことを知った。

 支えてくれる人々の顔の見えるお金、その人たちが手探りで集めたお金は、少ないけれど美しく、やさしく、いつまでも続く可能性のあるものだ。夕張市の成人祭で女子学生が流した涙は、そのやさしさと、美しさと、安らぎへのありがとうだったのだ。

 若者たちは、この成人祭で行政の力を借りなくても、自分たちの力で、人間の能力と自発性の範囲を拡げられることを喜び、そして古い価値を捨て、新しい価値に向かって走ることを決めた。古い価値と新しい価値とのコントラストがそこにあった。

「金はなくてもまちは元気になるんだ」

 新成人は、夕張のメッセージボードにそう書き込んだ。

【注】
※1 イリイチの思想はパソコンの開発に強い影響を与えました。ご関心のある方には、I.イリイチ(渡辺京二ほか訳)「コンヴィヴィアリティのための道具」日本エディタスクール出版、1989年3月 をお薦めいたします。【本文に戻る】