PR

 何十年もの間、生活を支えてきてくれた仕事を手放し、暮らしの安定をもたらすかどうかわからない未知の仕事に賭けるのは勇気のいることだ。一人ひとりの転職さえ大変だというのに、まち人々全員の仕事を変えようっていうんだから、その戦いは半端なものではなかったはずだ。

 2006年夏に公開された映画「フラガール」では、古い価値を守ろうとする人々の不安、新しい価値に賭ける人々の熱意と努力、そして、新しい価値が人々に受け入れられ、成功へと向かってゆく喜びが描かれており、観客の多くはその姿に涙していた※1。うちの奥さんも僕も涙を流した。隣の席の若い女性もハンカチで目頭を押さえていたし、前の席に座っていたおじさんだってメガネをはずして目をこすっていた。

 作品としての素晴らしさだけでなく、ショボイと思われがちなまちづくりの映画にみんなが感動していたことに、とてもいい気分になって映画館を後にした。でも、みんな、なぜ、この映画にこんなに感動したのだろう。

 前回は、夕張市の新しい門出について書いた。夕張の観光は、地域全員を支えることができなかったけれど、映画フラガールは、石炭産業から観光産業への切り替えに成功した常磐炭鉱の物語である。

 常磐炭鉱が起業した常磐ハワイアンセンターは、海外旅行なんて夢のまた夢、1ドルが360円だったころ、日本人が本物のハワイに想いを馳せる憧れの施設だった。僕が子どものころに憧れていた場所は、チャコちゃん・ケンちゃんシリーズに出てくる横浜ドリームランドと、フラダンスのコマーシャルの常磐ハワイアンセンターだった※2

 そして、ドリームランドはなくなってしまったけれど、地域を大切にした常磐ハワイアンセンターは、40年以上たった今でも、「ハワイアンズ」として、立派に地域社会の暮らしを支え続けている。

 だから、観光産業へと政策を転じた常磐炭鉱の成功に、多くの自治体が注目した。そして、石炭産業の終焉に直面した夕張や他の産業の凋落に悩む自治体は、常磐炭鉱の観光での成功に、藁にもすがる思いで取り組んだ。

 産業社会は、一つのモノが売れると、そのコストを抑えて、効率的に同じモノをたくさん生産し、たくさん消費させることで、大きな経済価値を獲得するというモデルを成立させた。人気があるというのは、たくさん売れるということで、それが生活の安定を意味してきた。今でも人気があるかどうかが価値判断のバロメーターとなっているのはそのためだ。

 だから、当時の価値観で計れば、観光という人気商品を売り出せば、多くの自治体は、経済基盤を観光産業へと移すことができるはずだった。

 だが、そうはいかなかった。

 成功モデルをコピーして成功する観光はあまりない。真似した施設は、最初はいいけれどあまり続かない。なぜなら、景観や温泉の質など、自然から与えられた貴重な観光資源のない地域は、人が創り出す独自のコンテンツが勝負だからだ。苦労を重ねてコンテンツを創り続ける人がいなければ、その地域の観光は駄目になる。

 常磐炭鉱は夕張炭坑よりも古く、100年もの間、代々続けられてきた地域の会社の仕事だった。地域の人々は、失敗しても努力を重ねる人々の姿をみて、自分もがんばろうと思うようになっていった。そして炭鉱の仕事をやめて「人を喜ばす」仕事のために、みんなが努力をするようになった※3。なのに、なぜ人間は、不確実な新しい価値の創造に挑戦するのだろう。

僕たちの未来社会は衰退する地方都市にある

 観光の仕事を長く続かせるためには、その仕事を支えるたくさんの人々が常に新しいコンテンツの創造に挑み続けていなければならない。北海道旭川市にある旭山動物園の成功は、まさに挑戦の連続の成果で、スタッフはいつも展示の内容を考えているらしい。でも、新しい挑戦は、リスクに満ちたもの

 脳科学者の茂木健一郎さんが、いろいろなところで言っているけれど、脳は、不確実性を好むらしい。子どもが新しいおもちゃが大好きなのは、人間が本質的に不確実性を好むからなのだそうだ。でも、安心して不確実性に挑むためには、お母さんという安全基地が必要らしい※4。不確実性への挑戦はリスクを伴うのに、安全性も大切とは何と難しいことだろう!

 常磐炭鉱の当時の副社長で、常磐ハワイアンセンターの発案者である故中村豊さんは、衰退する炭鉱の隘路(あいろ)を開こうと、炭鉱の再生を目指す世界のまちを見て回ったのだそうだ。でも、どれも駄目だと感じて絶望して帰国の途についた。だが、その帰りに寄り道したハワイに惚れ込むほどに感動した。そして、その感動が、不確実性に立ち向かうことを決断させた。

 映画では、フラガールのリーダーの谷川紀美子(蒼井優)の親友で、最初にフラガールに応募しようと持ちかけた木村早苗(徳永えり)が、炭鉱の仕事を捨てることのできない父親に連れられて夕張へ旅立ってゆくシーンがある。このシーンは、別れの悲しみと友情の深さはもちろんだが、不確実性に挑むことを諦めざるを得なかった少女の無念が重なり涙を誘う。

 早苗の父親は、今の価値観を守れる夕張こそが生活の安全基地だと思ったのだろう。でも、そこでの運命もまた同じだった。時代には波がある。時代が衰える方向に変わる時、不確実性に挑む気持ちが大切だ。

 夕張市の人口は、かつて2万人だったのが、約50年で12万人まで増加し、それから約50年で元に戻った。実は、日本の人口も、今から約50年前に8千万人だったが、現在は1億3千万人、それが約50年後には再び8千万人に戻るのだという。都会の人は、夕張の問題が片田舎の出来事だと思っているらしい。だが、そうではない。夕張をはじめとして、産業が衰退し、人口が減少しつつ高齢化する地方都市は、日本という国の未来社会の姿なのだ。

 僕たちの社会は変わる。僕たちの未来社会の姿は、今の衰退する地方都市にある。僕たちは、不確実性に立ち向かいフラガールのように挑み続けなければならない。人間は、不確実性に挑むことだけでも喜ぶことができる。そして、不確実なことを成し遂げ、確実なことに変えることができた喜びは爆発的に大きいのだ。フラガールの感動はここにある。

 でも、不確実性に挑むには、安全基地が必要だ。安全性を確保するにはどうしたらよいのだろうか。ひとりで挑んだら、そのリスクは大きすぎる。行政だけで挑んだら、創造力はすぐに尽きてしまう。映画フラガールは、地域社会のみんなで新しい価値の不確実性に立ち向かうことこそが、安全基地であることも教えてくれる。

 みんなで不確実性に立ち向かうと、一人ひとりの喜びが大きなエネルギーになる。不確実性に挑むと人間の脳みそはフルに働きだす。そこから創造されてくる多様な新しい価値は、どんなことがあっても乗り越えられる安全基地を築いてくれる。

 そのとき僕たちは、いつまでも続く未来社会のフラガールになる。

【注】
※1 映画「フラガール」をご覧になっていない方、絶対にオススメの映画です。DVDも発売されるようで、僕は、『フラガールメモリアルBOX』を買ってしまいそうです。【本文に戻る】
※2 「チャコちゃん・ケンちゃん」シリーズは、1962年から1982年までTBS系列で放映された人気テレビドラマです。「横浜ドリームランド」は1964年に開業し2002年に閉園しました。「常磐ハワイアンセンター」は1966年開業で、現在の「ハワイアンズ」の前身です。【本文に戻る】
※3 「人を喜ばす」は、映画の中で、主役の谷川紀美子(蒼井優)の母で婦人会代表の谷川千代(富士純子)のいう言葉です。千代はフラダンスに猛烈に反対して、炭鉱を守る姿勢を貫いていましたが、娘、紀美子の熱心さと、わずか数ヶ月という短い間に身につけたダンスの姿に心打たれ、この仕事の新しい価値を受け入れる決心をしました。そして「人を喜ばす仕事があったっていい」とまちの人々に訴えるのです。【本文に戻る】
※4 残念ながらお会いしたことはないのですが、茂木健一郎さんの情報はこちらなどをどうぞ。【本文に戻る】