「あの、すみません、ナカノさん」
はい? あら、ハシモトくん。こんにちは。
「こんにちは。ちょっと、その、つかぬことを伺いますが……」
何かしら?
「ナカノさんの方のFAXに、うちの部署宛のFAX、届いてませんか?」
いえ、来てないけど。どうしたの?
「実はですね、うちの部署に週に1、2回、ニューヨークからFAXが来るんですよ」
ええ、知ってるわ。メールじゃなくてFAXにこだわってる、年配の担当者さんなのよね。昔、わたしも何度かやりとりのお手伝いをしたことがあるけど…まさか、そのFAXで、先方と問題が起きたとか!?
「いえいえ、そんなことはありません! とてもいい関係だったと思います」
“だった”って、過去形になってるのが、なんか怖いんけど。
「FAXが来ないんです」
FAXが? いつから?
「たった今気づいたんですけど、最後に来たのが1週間前で、その後、こちらから送った質問の返事、とっくにFAXが来ていてもおかしくないんです」
えー。ちょっと待って…ええと、この複合機、ここに届くのよね、そのFAX?
「はい、そうです。ここに出てきます、いつも」
どっかに紛れてないか、探してみた?
「探しました。何度も」
なんかそれ、まずいわね。電話してみた?
「ニューヨーク、今、夜中です」
あ、そうかー。担当者さんが体調崩してたりしないかしら…心配ね。
「心配です…」
うーん。とりあえずできることは…ハシモトくんの部署で、最近何か変わったことはない?
「最近ですか。特にありませんが…先週の人事異動で課長は替わりましたけど」
そっかー。新しい課長、サカガミ課長、よね?
「はい」
サカガミ課長、ついこの間アメリカから戻ってきたばかりで、海外とのやりとりは慣れてるはずだし、仕事のできる方だし、先方ともめるなんて考えられないし…。
「ただ…」
え、なんか思い当たることが?
「いえいえ! サカガミ課長、すごく仕事のできるいい方なんですけど、えへへ…」
なになに?
「いえその、ちょこっと、ケチですよね」
あら、そう? 太っ腹な方だと思うけどなあ。
「あーっ! 誤解しないでください! あと、絶対言わないでくださいよ、課長に」
言わないわ。
「ボクたちにおごってくれたりとか、そういうのはすごく太っ腹なんですけど、ミスプリントの紙の裏をメモに使えとか、水道の蛇口をちゃんとしめろとか、使わない電気は消せとか、時々、総務の"もったいないオバさん"みたいな感じで…おかしくて(笑)」
あー。そういうところ、あるわね、サカガミ課長(笑)。
「でしょー(笑)」
…待った…。
「え」
…ね、夜、最後までいるのは誰?
「ここのところ、異動して間もないからでしょうか、課長ですね」
朝一番早く来るのは?
「やっぱり課長ですね。申し訳ないとは思ってるんですが」
もしかしてサカガミ課長、夜、もったいないからFAXの電源を切って帰ってたりして…。
「ええっ!」
で、朝入れてる。とすると、こちらの夜中にニューヨークから届くはずのFAXを受け取れない、かも。
「まさかーっ! 会社でFAXの電源を切るなんて、あり得ませんよ!」
サカガミ課長、アメリカに長くいたでしょう。向こうは古いマシンを長く使うところが多いから、もしかすると、プリンターとコピーとFAXとスキャナが一体になった複合機なんて、見たことないかも。
「…あー。そうかも。"プリンターとコピーが一緒だなんて便利だなあ"って言ってた!
でも、まさか課長が電源を…だいたい、複合機って簡単に電源落とせないように、すごくわかりにくいところにスイッチがあるんですよ。ほら、どこに電源があるのか、パッと見ただけじゃわかりませんよ」
あっ、サカガミ課長!
「やー、ナカノくん。おう、ハシモト。どうした、なんの話してるんだ?」
「えっ、えっ、いえ、その…」
サカガミ課長、このプリンターの電源、どこでオン・オフするんでしょう?
「あー! それね、最初オフにするとき、ボクも分からなくて探したんだよ。ややこしいねえ! ここだよ、ここ。こっちから回り込んで、裏の、下の、こっちの…」
…ハシモトくん、なんて言おうか…?