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 ロバート・D・パットナムの書いた「孤独なボウリング(Bowling Alone)」という本がある※1

 古き良きアメリカであったころ、ボウリング場は、地域コミュニティの中心だった。よく映画にも出てくるけれど、仕事が終わったあと、コーラを片手に、みんなでワイワイとボウリングをするのが日常だった。でも今は、たった一人で、コンピュータ仕掛けのスコアを見上げながらボウリングをする。

 この本は、やわらかい名前の本なのだけれど、地域コミュニティの崩壊が、自治意識の強いアメリカで、なぜ起こっていったのかについて分析した第一級の学術書であり、ベストセラーでもある。

 実は、パットナムは、アメリカ政治学会の会長も務めたハーバード大学の大先生なのだ。大先生だからといって複雑な分析手法に頼るのではなくて、彼は、社会調査に基づくデーターをシンプルな手法を用いて丁寧に、またまた丁寧に、多面的に分析するスタイルで、核心に迫ってゆく。僕の大好きな学者の一人である。

 それでは、なぜ、地域コミュニティが崩壊してしまったのかというと、パットナムは、(1)時間とお金のプレッシャー、(2)郊外化、(3)テレビによる余暇時間の私事化、(4)世代変化(市民世代の後退)が「4凶」だと指摘している※2※3

 日本ではどうかというと、平成16年版 国民生活白書の第3-1-2図を見るとわかるように地域活動に参加している人の割合は、わずか1割程度で、参加したくないと回答する人が約4割もいる。参加できない理由は、時間の問題で、36.6%もの人が活動する時間がないと回答している。通勤地獄、残業地獄、そのうえ売上と給料の低下地獄で、時間どころかお金にも追われて、ビックリするくらい厳しいサラリーマン生活で疲弊している。郊外化も深刻で、同白書の第3-1-1図をみるとわかるように、マンションや団地などに住んでいる人には、ほとんど近所づきあいもない※4

 僕もそうだけれど、週末には、自動車に乗って大型ショッピングセンターに家族と買物に行って、自宅に帰れば、テレビ、パソコン、ケータイで友達とコミュニケーション、たまにはレンタルビデオにパチンコという郊外型のライフスタイルをお持ちの方は相当に多いはずだ。パソコンとケータイは、私事化をさらに推し進め、家族との関係もヤバイ感じにさせて、家族は個族化しているなんていう人もいるくらいだ※5

 というわけで、パットナムの指摘する3凶は、日本でもしっかりと根を張っている。それに加えて、市民世代といわれるような人々が活躍した時代は、産業社会を突き進んだ日本人にはほとんど経験がない。わが国は、産業社会の効率的な成長のために、公共の仕事は全て行政が担うシステムを創りあげ、市民を育て民主化を進めることを後回しにした。

失われた「ソーシャル・キャピタル」

 パットナムは、この4凶が「ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)」を失わせると主張する。ウィキペディアによればソーシャル・キャピタルとは「人々が持つ信頼関係や人間関係(ネットワーク)のこと」で、「市民同士のコミュニケーションの密度や市民と行政のパートナーシップが活発であるほど、豊かな社会が形成されるという考え方に立ったソフトな概念」である(関連リンク)。

 僕たちは、通勤、残業、売上と給料の低下の地獄の中で、ソーシャル・キャピタルを失い、人間相互の信頼を失ってしまったのだ。

 その夜、中学生の娘は、特別な休みなのだとかで、平日なのに友達とディズニーシーへ行ってしまっていた。それじゃあ、僕の好物のぎょうざとビールで簡単に食事を済ませようよと、妻を誘って近所にできた290円のラーメン屋さん「幸楽苑」に初めて出かけた。

 この値段でこの味かぁと、その効率性と品質の高さにビックリしたのだけれど、もっとビックリしたのは、おそらく30~40歳代と思われる奥さんと小さな子どもだけで食事をする姿が、店内にあまりにもたくさんあったことだった。そこに、ご主人の姿はない。ほとんど会話もなく、早々に食事を終えた子どもはニンテンドーDSに興じていた。それは寂しい光景だった。

 その姿を、そこにいないご主人は、きっと知らないのだろう。気づき、知ろうとする余裕もないのだろう。奥さんも、子どもも、きっとその寂しさをもう伝えはしないだろう。きっと何度も伝えようとしたのだから。

 Web2.0は、簡単にやさしく自分から情報発信ができる技術である。そして、その情報を相手の状況に応じて受け入れられるように、やさしく伝える技術である。私たちは、家族や地域社会の「きずな」を取り戻すためにこの技術を使わなければならない。

 次回は、「Web2.0時代の地域のあり方に関する研究会」で、ソーシャル・キャピタル再生に取り組む活動の様子を紹介しよう。

【注】
※1 ロバート・D・パットナム「孤独なボウリング―米国コミュニティの崩壊と再生」柏書房、2006年、Robert D. Putnam ”Bowling Alone: The Collapse and Revival of American Community” Touchstone Books, 2001 【本文に戻る】
※2 「4凶」は、2007年1月30日に開かれた情報通信総合研究所「第8回 ネット社会の未来を考えるシンポジウム 『地域と人を結ぶICT』~顔の見えるコミュニティとビジネスに向けて~」でお話された東京大学名誉教授、早稲田大学客員教授の小林宏一先生の整理です。小林先生は、長年、情報社会論をご専門とされ、フランクフルト学派の「常にネガティブにあれ」という批判理論のエートスに導かれてきたとおっしゃっていますが、これは、おそらく、学問に向かうときだけで、普段はとっても明るいポジティブな先生です。まちづくりも大好きで、シンポジウムの後の打ち上げでは、「いろどり」で有名な徳島県上勝町でゆずの収穫を手伝ったことを楽しそうに話していらっしゃいました。実は、僕の勤めていた大和市にお住まいだったご縁もあって役所時代には情報政策づくりで大変お世話になりました。【本文に戻る】
※3 「時間に追われ人間本来の生き方を忘れてしまっている」方に、ミヒャエル・エンデ「モモ」(1976年)をお薦めいたします。小学生向きの本ですが、今は大人が読むべき本だと思います。そして、この本が読める子どもを育てたいものだと思います。【本文に戻る】
※4 内閣府 国民生活局「平成16年版 国民生活白書 ~人のつながりが変える暮らしと地域―新しい「公共」への道~」(2004年5月21日) 【本文に戻る】
※5 ヤバイは、中年の僕は悪い意味でだけ使いますが、若者は良い意味でも使います。ウザイ家族との関係よりは、個族化してイイ感じィ~、なのかもしれませんが……。【本文に戻る】