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 20~30代前半の方は、いわゆる「失われた10年」や「就職氷河期」を経験したために、仕事に対するモチベーションが低いと考えられることがあるようです。しかし、わたしは決してそうは思いません。わたしの周りを見渡すと、むしろほかの年代よりも、チャレンジ精神にあふれた、元気のいい若者が目立つほどです。今回から数回は、この世代の方々を中心に、日本の元気について考えたいと思います。

 そもそも、わたしは「失われた10年」という言葉が好きではありません。まず、主語が抜けているのが引っかかります。せめて「日本が失った10年」とすべきです。自分たちの責任であるという認識が全くない言葉です。しかし、主語を補ったところで、やはりしっくり来ません。いったい、何を失ったのでしょうか。わたしの実感としては、何を失ったようにも思えないのです。

 「失った」ではなく「変化した」ならばわかります。ここ10~20年の間に、日本の経済・産業構造は大きな変貌を遂げました。わたしたちリヴァンプが存在していること自体、その証拠ともいえます。20年前、わたしが20代だった頃には、企業を「当事者として」元気にすることを専門とする会社が日本で誕生するなどとは、想像すらしませんでした。

 新しい考え方を持った人が起業するチャンスは、確実に増えています。十把ひとからげにネット企業とか、ヒルズ族だとか言われたりもしますが、決してIT分野だけに限りません。さまざまな分野で、ベンチャーマインドを持った挑戦者が次々と現れ、新しいビジネスを創造しています。

 ベンチャー企業を取り巻く環境は昔と大して変わっていないという人もいますが、起業しやすい、風通しのよい環境ができたことは確かだと思います。一部の経団連企業が経済を支配し、その周りに関連会社、子会社、取引先がくっついて企業城下町を形成するような、昔からのヒエラルキーが絶対的なものではなくなったからです。

 日本が失ったものといえば、旧来の横並び体質、悪平等、「ぶら下がり型」とか、「寄らば大樹の陰」だとか、そういう主体性のない企業のあり方でしょう。企業だけでなく、個人もそうです。社内政治の巧みさだけで出世し、うまい汁を吸うようなサラリーマン根性のよりどころはなくなりました。それが失われることは、全然悪いことではないはずです。もちろん、まだまだ残っているのは事実ですが。そういう悪習を「失った」などといって嘆いたところで始まりません。乗り越えなければならない改革なのです。しかも、改革はすでに進行しています。

 もちろん、この改革に負、というかチャレンジの側面があることは否定しません。いい大学を卒業して名の通った企業に入り、リスクを取らず、そこそこのモチベーションで仕事をしていれば、自然と豊かな人生が手に入る。以前はあまりにも多くの人が、そういう生き方を選択していました。しかし、バブル崩壊後はその中間層がずいぶんと減りました。

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 減った分が、左右に分かれて流れたわけです。一方は、モチベーションを高め、勇気をもってリスクを背負い、自ら道を開く方へ進みました。もう一方は、モチベーションを奪われ、仕事に打ち込めなくなっています。日本のニートは60万人とも、80万人超ともいわれていますが、それがこの左の末端までいってしまった層なのでしょう。

 ただし、この面だけを強調する論調はいただけません。「失われた10年」というのは、こうした日本の状況を一面的にとらえた、とてもネガティブな言葉だと思います。日本の元気を奪うので、マスコミには使ってほしくありません。20~30代の皆さんに言いたいのですが、あなた方は決して、損なわれて、だめになってしまった社会に出てきたのではないのです。これからは「失われた10年」をやめて、「生き方が多様化した10年」と言うことにしましょう。それだけでも、元気がわいてきませんか。

(構成 曽根武仁=百年堂)