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 世界は人工知能が発達したコンピュータに支配され、人類はそのエネルギー源として栽培されている。そして、栽培されている人間たちは夢が作り出す仮想現実の中を生きている。そう、それがマトリックス。

 どんなに緻密に作られたシステムにも必ずバグがある。いかに人工知能が発達したコンピュータとてミスをするのだ。

 読者諸兄も薄々気づいておられることと思う。

 主に日本の西の地方で栽培されている人間たちが夢見ているはずの仮想現実が、どういうわけか、日本全土で栽培されている人間たちの仮想現実の中に流れ込んでしまっているのだ。怖ろしい。

 テレビのプロ野球中継を見よ。毎晩のように到底あり得ないシーンが映し出されているではないか。

 不機嫌そうに下唇を突き出してポカンポカンとポップフライを打ち上げていた眠れる天才・今岡が、今や日本一の切り込み隊長として首位打者の座にいる。ありえない。

 粘る投手陣、快打を飛ばす打撃陣、ホームランを量産する外国人選手、見事に活躍するパ・リーグからの移籍選手、怪我をしない選手たち、暴言を吐かないオーナー……すべてありえないことばかりだ。

 「今年のガイコクジンはすごいで」「バースみたいなヤツか? ほな優勝するやんか」…と、春先はバース級かと思われた外国人選手はグリーンウェル級であった。

 「今年パ・リーグからウチとこに来はった選手、めっさ打ってくれそうや」「真弓を思い出すなぁ」「しゃあないなあ、今年は優勝や」…と、春先は真弓の再来と思われた移籍選手は、暑くなる頃には松永の再来と言われるようになる。

 「井川で20勝、藪で20勝、ムーアで20勝、あと久保田と太陽と吉野と…あと誰がおったかな、ま、そこらへんみんなで20勝はいくわな」「あとは外国人投手で10勝貰とこか」「全部足すと何勝や?」「知らん」「とにかく今年こそは優勝や」…と叫んだ2カ月後には「来年は優勝狙える思うねん」「そやな、来年は優勝しかありえへん」と叫び直す。

 強豪・読売ジャイアンツに1つでも勝てば、まるで優勝したかのようなお祭り騒ぎを繰り広げ、しかしなかなか勝てない「巨人」に「虚塵」などという当て字をしてせめてもの憂さ晴らしをしていた熱狂的な阪神ファンたちの強い思念が生み出した仮想現実の渦に、今や日本が飲み込まれようとしているのである。

 色とりどりのジェット風船が舞い飛ぶ満員の甲子園で、星野監督の胴上げを見ながら歓喜の六甲おろしを合唱するタイガース・マトリックスが日本全土を席巻する日は、今や目前に迫っている。

 ところで、タイガースの一番打者・今岡誠の応援歌には「誠の救世主」というフレーズがある。映画「マトリックス」シリーズには、キアヌ・リーブス扮するネオという男が真実の世界を取り戻す為の救世主として登場し、コンピュータ相手に奮闘するわけだが、タイガース・マトリックスの救世主は今岡だ。内角ギリギリに投げ込まれた球をキアヌ顔負けのアクションでぐいっとのけぞってよける今岡…なんてシーンを見てみたいものである。