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 アップルコンピュータは、自社のパソコン「Macintosh」のCPUを、2006年からこれまで使用してきたIBM製品からインテル製品に切り替え、2007年には全面的にインテル製品に移行すると発表したそうだ。
 ええっ、そうなの?

 1990年に初めてMacintoshを買って以来、15年にわたってMac一筋。
 パソコンのコマーシャルの「インテル入ってる?」という例の決まり文句を聞くたびに、「いや、ウチのMacには入ってない」と声を出して答えている私である。
 CPUだのなんだのといった難しい話はわからねど、Macintoshがインテルに切り替えるというのは、わからないなりにショックだ。いや、わかんないのにショックを受けるというのもどうかと思うが。
 どうせこれもゲイツのせいに違いない。すべてはゲイツが悪いのだ。……と、「インテル移行」のニュースをよく読みもせず、ビル・ゲイツ氏に怒りをぶつける私。
 昔はMacユーザーが集まれば、いつのまにかゲイツ氏の悪口になっていたのを思い出す。
 気がつけば圧倒的な少数派になっていたMacユーザーが、互いの傷口をなめあうように「ゲイツ奴~~」と怨みの声をあげていたものだ。
 あ、これは「ゲイツやっこ」じゃなくて「ゲイツめ」と読んでください。「ゲイツやっこ」じゃ歌奴みたいだ。山のあなあなあな。
 NetscapeがIEにシェアを奪われたのも、パソコンショップにMac用ソフトの売場がなくなったのも、郵便ポストが赤いのも、みんなみんなゲイツのせいだ。
 いくらなんでもコドモっぽすぎるって?
 そりゃそうだ。
 最近はどうなのか知らないけれども、かつてのMacユーザーはオトナになりきれてないような愛すべき人が多かった。
 表作りだの文書作成だの、お仕事っぽいソフトは二の次。絵を描いたり音を鳴らしたりといった無邪気でユニークなソフトがたくさん提供されていたのだった。
 初めて買ったパソコンはMS-DOSなる呪文を打ち込まないと面白そうなことは何も出来なかった。
 参考書片手に奮闘したものの、結局、私に出来たのは色違いの円を描くことだけだった。
 だけど、Macは違った。
 配線だのインストールだのに悩まされることなく買ってきたその日に箱から出して電源を入れればすぐに使えたし、ヘンテコなフリーソフトが山ほどあったし、日本語版が出てなくても英語の苦手な私が英語版のフリーソフトで遊ぶことができた。
 中にはまったくワケのわからないソフトもあって、英語の説明を読むとどうやら「ラクダを針の穴に通せ」というゲームらしいのだが、一体どうすればクリアできるのやら皆目見当がつかぬ。
 「ラクダを針の穴に通す」というのは、実現困難な事を指すたとえだが、それをゲームにしてどうするというのだ、ラクダソフトの作者よ。
 当時は今のようにインターネットで容易に情報交換が出来る時代ではなかったから、ひたすらゲーム画面を睨んで自分で考えるしかなかった。
 そんなワケのわからぬソフトや腰が砕けるようなくだらないソフトと戯れたり、英語版のOS7を長い時間かけてインストールした挙げ句に失敗してHDDのデータを吹っ飛ばしてしまったり、ようやくインストールできたOS7のカラフルなデスクトップに感激したり……という日々を過ごしていたのが昔のMacユーザーなのだった。
 かつては新しいMacが出るたびに、「いつ買おうか」「いや、まだ待ったほうがいいだろう」「いやいや、買いたい時こそがMacの買い時だ」などと思っていた私だが、ここ数年は新Mac情報にもすっかり疎くなってしまった。いまだにiPodも使ったことなく、OSは古めかしい9.2のまま。ジャガーだかパンサーだかバッテンだか知らないが、OS Xのユーザーインタフェースに馴染むこと
ができないダメなMacユーザーと成りはててしまった。
 だが、来年にはすべて「インテル入ってる」Macになってしまうのなら、今のうちに「インテル入ってない」Macを記念に買っておこうかと思ったりもする今日このごろだ。
 それにしても、ラクダを針に通してみたかったなぁ。