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 私の母は昭和10年生まれ。今年軽い脳梗塞を起こしたのと10数年来の股関節
の異常から歩くのが少々不自由だが、肌つやも良く若々しい。
 先日、外で待ち合わせて食事をしていた時の話。
「それにしても」と母は言う。
「この先どうなっちゃうのよ、ITは」
 え、えええ? なんだってぇ?

 やけにスケールの大きな話をサラリと言い出す母。そんな事がわかったら、
今ごろ私はホリエモンになっている。
 「電話とか……」
 なんだ、電話の話か。なるほど、確かに最近の電話は多機能だから、使いに
くい面もあるかもしれない。しかし、子どもや高齢者向けにシンプルな操作の
電話も出てきているようではないか。
「記録されちゃうんでしょ? 電話番号」
 まあ、そういうこともあるかもしれないが、それがどうした。相手に番号を
記録されて何が困る?
「そう思うと、電話しにくいじゃない。テレビ局に」
 我が母は大のテレビ好きだ。
 それも「朝の9時頃のNHKに出てくるアナウンサーは、声の高低の幅が大きす
ぎて聞きづらい」などと言うような、非常にマニアックかつ厳しい目を持つテ
レビ好きである。
 そういえば、デューク更家氏が世間にブレイクするずっと前に、「NHK教育
の趣味講座にヘンなウォーキングの先生が出ている」と教えてくれたのは母だ
った。
 そんなテレビマニアの母は、「どのチャンネルを見ても、同じような顔ぶれ、
同じようなバラエティ番組ばかりでつまらない」と、日頃から昨今のテレビ事
情に怒っている。
 いや、怒っているだけではなく、納得できない放送には、すかさずテレビ局
に電話をかけて、ガンガン文句を言っているのだという。だから、もし自宅の
電話番号が記録されるとなると、厳しく文句を言いづらくなるような気がする
らしい。なんだそりゃ。気が強いんだか弱いんだかわからんよ。
 でも、確かに、最近、天下のNHKのアナウンサーですら正しく敬語が使えな
かったりするもんなあ。トチっても平然としてるし。テロップの誤字やラ抜き
言葉なんて、全然珍しくもない。
 職業や病気などに関する言葉の規制は徹底しているようだが、たとえば、い
まだにゲイセクシャルのタレントに対して差別的な言動をとる番組は多い。た
ぶん言っている者も言わせているスタッフも、そしてその番組を見ている者も
差別している自覚なんてないのだろう。そこらへんのテレビ局や視聴者のゆる
ゆるな差別意識をカリカチュアライズして笑わせているのがレイザーラモンHG
だ。フォー!
 こんな状況だから、電話で文句のひとつも言いたくなるのもわかる。でも、
普通は言わないと思う。我が母ながらおそるべし。
 まあ、それはともかく、母は「ITが発達するとテレビ局にクレームをつけら
れなくなる」と嘆くのである。
 なんだか「風が吹くと桶屋が儲かる」みたいな理屈だ。「お坊さんが孫
悟空と出会うとありがたいお経がゲットできる」の方がいいかしらん。いや、
どっちでもいいですね。すみません。
 さて、今後、テレビの双方向サービスが進化していけば、リモコンひとつで
手軽にテレビ局へ意見を送信できるようになるだろう。しかし、この場合、同
時に送信者の身元も明らかになってしまう。
 たとえば、クイズや懸賞の応募ならいちいち住所・氏名を入力しなくて済む
ので便利だが、番組に対する批判だったら匿名の方が言いやすい気がする。母
のように「文句を言いたいが、身元は明かしたくない」という人は少なくない
はずだ。
 匿名だからこそ言える忌憚のない批判もあろう。悪戯や単なる中傷などをシ
ャットアウトすることも重要だと思うが、番組の作り手にとっては貴重と思わ
れる厳しい意見や感想を得るために、「匿名で意見を送信」という機能を作っ
たら良いかもしれない。
 とはいえ、母よ。テレビ局にクレームの電話をかけるのは、ほどほどにして
あげてください。いや、ホントに。