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もうすぐ6年生になる息子と一緒にテレビを見ていた時のこと。いや、正確
には「HDDレコーダーに録画しておいた番組を見ていた時」だ。
面白そうなシーンを求めてリモコンの早送りボタンを押したり離したりして
いて、ふと気づいた。スポンサーというのは視聴者にCMを見てもらう代わりに
番組にお金を提供しているのに、こう情け容赦なくびゅんびゅんスキップされ
たらCMを流している意味がないではないか。これでは広告主もたまらんよな
あ。

すると豚児がこう言うのである。
「早送りされてもいいように、画面にずっと商品を大写しにしていればいいん
じゃない?」。
なるほど、そうかもしれん。だが、早送りには対応できるかもしれないが、
リアルタイムで見ている視聴者はどうだろう。ひたすら商品が大写しになって
いるだけのCMでは、飽きてチャンネルを回したりトイレに行ってしまうかもし
れないぞ。
アメリカのケンタッキーフライドチキン(KFC)は、CMにスロー再生しない
と分からないプロモーション情報を埋め込むことを計画しているという。テレ
ビ番組を録画して視聴する習慣が浸透しつつある昨今、これからのテレビCMは
変化していかざるを得ないのだろう。
だが、家庭用ビデオが普及する前はこうじゃなかった。
昭和30年代生まれの子ども達にとって、流行語はCMの台詞だったし愛唱歌は
CMソングだった。ドリフとCMさえあれば飯が3杯喰えるという時代があったの
だ。いや、さすがにドリフやCMをおかずに飯は食えないけど、とにかく私達は
本当にCMが大好きだった。
伊東に行くなら「ハトヤ」だし、電話は「4146」(編集部注:原文ママ、正しくは4126)だ。文明堂のカステラは
「1番」で電話は「2番」なのである。ニュービーズという洗剤が「金銀パール
プレゼント」を実施しているのも知っていたし、「てなもんや三度笠」の主人
公・あんかけの時次郎が強いのは「当たり前田のクラッカー」なのだった。
でも、せっかくCMで宣伝してくれても、「4146」(編集部注:原文ママ、正しくは4126)や「2番」では電話はかけ
られないではないか。
ハトヤの場合、伊東まで行けば建物も見えるだろうが、文明堂の「2番」は
どう考えても無理だ。

日本橋文明堂-ちょっとこぼれ話
というページによると、「直営店舗の市内局番の次が0002番(2番)」なのだ
という。昭和12年、赤坂電話局時に電話帳の裏表紙に「カステラは一番、電話
は二番」と宣伝したのが始まりで、当時はまだ電話保有台数も少なかったた
め、電話をかける時は電話交換台を呼び出して、交換手に「赤坂局の2番」と
言えば繋いでもらえたのだそうだ。
ちなみに、ハトヤ(ホテルサンハトヤ)のサイトを見たところ、こちらも今
も電話番号の末尾は「4146」(編集部注:原文ママ、正しくは4126)であった。
ところで、トリノ五輪で女子フィギュアの安藤選手がフリーで使用した
「蝶々夫人」。我々の世代だと、「このメロディを初めて聞いたのはCMソング
だった」という人が結構多いのではないだろうか。
♪い~かないで~いかないで~おねが~いピンカートーン…「いかあった。
いかった」というオチの「桃屋のいか塩辛」のCMである。いまだにこの曲を聞
くと三木のり平の飄々とした声が脳裏に蘇る。華麗なる演技中にそんな歌声を
思い出されては、美姫ちゃんも4回転半ジャンプを失敗するというものであ
る。誠に面目ない。
その桃屋ののり平CMシリーズは1958年以来、現在まで300本もオンエアされ
ているそうだ。スゴイ。

さて、ここで問題です。
1999年にのり平氏が亡くなっているにも関わらず、今も新作が作られている
のはどうしてでしょう。

答えは、のり平氏の息子の小林のり一氏がアテレコを引き継いでいるから。
どうです、知ってました?
のり一氏の声は、ぼんやり聞いていると見分け(聞き分け?)がつかない程
そっくり。いや、じっくり聞いてもわからない程そっくりだ。のり一氏を起用
してアニメCMを続行させた桃屋に拍手を送りたい。

さて、懐かしいCMの話はこれくらいにして、今どきの子どものCMソング事情
を知るべく息子に「好きなCMソングはある?」とリサーチしてみた。
すると、間髪入れず「ワークマン」だと言う。吉幾三が出演するCMである。
CMソングも吉幾三が唄っている。
ワークマンにピンとこない方は、公式サイトにアクセスしてCMムービーをご
覧いただきたい。きっと一度くらいは見たことがあるはずだ。
しかし、息子よ、なぜワークマン。なぜ吉幾三なのだ。ううむ、若い者の考
えることはわからん。

参考:ハトヤCMソング桃屋/のり平アニメ博物館文明堂CM年鑑ワークマン/TV-CM