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 英EMIミュージックが、衝撃的な発表をしました。デジタル著作権管理(DRM)によるコピー制御信号を掛けない、自由に複製可能なファイル形式での音楽配信を米アップルの「iTunes Store」において2007年5月に始めると、英国時間4月2日に発表したのです(ITpro関連記事Tech-On!関連記事)。

 日本国内のアーティストの楽曲提供については「これから検討する段階で、現段階では具体的な時期などは決まっていない」(東芝EMI広報)とのことですが、EMIの発表資料には、「新たに提供するDRM無しの音楽配信では、現在EMIがDRM付きで提供している広範な楽曲ラインアップをカバーする」いう意向が表明されており、「iTunes Storeが新方式で音楽を販売する最初の事業者になる。今後、複数の音楽配信事業者がDRM無しの楽曲配信を始めることが期待でき、AAC/WMA/MP3など幅広いファイル形式から選択できるようになる」とも書かれています。

 コピー制御のない音楽配信がユーザーにもたらすメリットは明確です。これまでユーザーは、音楽配信サイトで購入した楽曲を自由に楽しむことができませんでした。コピー制御信号により、再生可能な携帯音楽プレーヤーやパソコンソフトが限定されていました。また、複製も特定の手順でしか実行できず、Windows上でのファイルのコピーのように簡単な操作ではありませんでした。

 EMIが今回新たにiTunes Storeで配信するのは、AAC方式でビットレート256kbpsの楽曲データ。これを1.29米ドルで販売します。従来配信されていたコピー制御信号付き楽曲は128kbpsで0.99米ドルでした。価格は若干上がりますが、複製のしやすさと音質の向上というメリットがユーザーにもたらされます。

 さて、メーカーにとってのメリットはどうでしょう。EMIのプレゼンテーション資料によると、欧州7カ国のインターネットユーザー4852人に対するアンケート調査で、「複数の機器間でファイルを転送できることが重要だと考えるユーザーが84%に上った」といいます。音楽に限った話ではありませんが、楽曲は作品を作って終わりではなく、ユーザーに届き、聴いてもらって初めてその価値を発揮できます。その意味では、今回の施策により音楽ファンに音楽を聴いてもらえる機会が増えれば、一つの成功と言えます。

 とはいえ、気になるのはやはり違法コピーです。256kbpsの場合、5分ほどの楽曲で9MB強。その気になれば、メールやUSBメモリーなどで簡単に友人などへ渡せてしまいます。また、Webサイトなどに無許可で楽曲データを掲載する例も後を絶ちません。国内では、日本音楽著作権協会(JASRAC)などが違法配信を監視していますが、それでも「着うた」の楽曲データの違法配信が問題となっています。また、多数のテレビ映像が無許可でYouTubeに投稿されているのはご存じの通りで、同様のことが楽曲データでも起これば、EMIの音楽配信事業は短期間で立ち行かない状態となるでしょう。中国では、検索サイト最大手の「百度(Baidu)」が「MP3検索」というサービスを提供しています。これが中国検索サービス市場における、同社の大きな強みになっているという事実もあります。

 決済システムの問題もあります。音楽市場の一大顧客である中学生~大学生のほとんどは、クレジットカードを所有していません。iTunes Storeではプリペイドカードやギフトカード、他の音楽配信事業者では電子マネーによる決済も用意していますが、まだ簡単に準備できる状況とは言えないのが現状です。「お金を払いたいけど払う手段がない」「決済方法が面倒で払う気にならない」と言われないよう、複雑な決済システムのハードルを下げるような、音楽配信事業者の取り組みも不可欠でしょう。

 今回のEMIの発表は、音楽配信の今後を占う重要な分水嶺と言えます。ユーザーに利便性をもたらしつつ違法コピーの数字も低い水準で推移し、EMIも増収となるような、Win-Winの関係を構築できるか。それとも、やはり性悪説を前提とした厳しいDRMに頼らざるを得ないという結論になるのか。EMIが決定権を音楽ファンに委ねたとも言えますし、音楽ファンがEMIや、ひいては音楽業界全体から試されているという見方もできます。いずれにせよ、今後の動向に注目していきたいところです。