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 ソウル大学で開催された国際セミナーで、担当するセッションの司会を終えたところで、李明勲さんが迎えに来てくれた。彼は、漢陽大学で都市計画を教える助教授で、僕の学友だ。同じように三十路を過ぎてから大学院に入り、同じように子連れで勉強を再開した。その頃、僕らは同じ研究室で毎日を過ごしていた。

 約8年ぶりの再会だった。駐車場に案内されると、変わらずに美しい奥さんも待っていてくれた。彼女は交通の専門家だ。彼は彼女に出会ったその日に、そのまま人気の結婚式場に向かった。そして、一番早く予約できる日をおさえると、次のデートではプロポーズしてしまった。そんな逸話に納得できるほど、彼女は素敵な人だ。気がきく男性なら、こうした再会の場面でささやかな花束を手渡すぐらいするのだろうけど、ずぼらな僕はいつもその場になって気がつく(笑)。

 さて、今日はこれから、僕らの恩師である日端康雄先生と一緒に、清渓川(チョンゲチョン)に向かうのだ※1

 清渓川は、ソウル市の中心部を約6kmにわたって流れる川だ。この川は、汚れた川だった。今から50年前、川の両側にはバラックが立ち並び、排水やゴミの投棄でひどく汚れてしまったのだ。だからソウル市は、伝染病や悪臭の防止、そして交通問題の解消のために、1958年から約20年にわたって、川に「ふた」をかける工事を進めた。ソウルの都市交通の問題はさらに深刻化して、1967年からは高架道路の工事も始まった。

 その結果、1978年には高架工事もふたかけ工事もすべて完了し、高架道路が4車線、その下には幅50~80mの幹線道路が走ることになった。清渓川は、川としての機能はふたの下に追いやられ、水ではなく自動車が流れる道路へと姿を変えて、都心部の大動脈として機能することになった。そして、その道路の両側には、電子部品や電器製品、衣料品や雑貨などを扱う、小規模店舗や露店がところ狭しと立ち並んだ。

 道路は慢性的に渋滞していた。排気ガスは環境を悪化させた。旧式のふたかけ工事は、重金属による河川の汚染をさらに進め、高架道路の橋脚を腐食させた。そして、清渓川周辺に住む人やまちも荒れていった。

 腐食防止のための補修工事や小規模商業者の支援策など、ソウル市は、対処療法的な政策を試みたが、文字通り臭いものにふたをした道路には、抜本的な解決策が必要だった。そして、ソウル市は道路を作り直すのではなく、川に戻すことを決断したのだ。

利便性より環境を選んだ大事業

 もちろん、反対する者は無数にいた。交通の大動脈を川に戻すという前代未聞の政策である。費用は莫大なものだ。うーん。すごい事業だ。今の日本に、人のやったことを批判する人はたくさんいるのだけれど、こういう試みに勇気を持って取り組むような人はほとんどいない。アメリカのボストンでも、都市の中心部を分断する高速道路を撤去するプロジェクトがあるが、あまりうまく行っていない※2。政治的なリスクの大きな事業だった。

 そして清渓川は復元された。川の歴史を展示する清渓川文化館でさまざまな情報を得た後、さっそく高速道路から元の姿に戻った清渓川を歩いてみた。復元された川は、都市河川の治水でよく見られるように、土手を設けるのではなくて、都市の洪水に備えて、幅広く数メートル両岸を掘り下げてある。川底を流れる綺麗な水の両側には、景観に工夫をこらした歩道が設けられていた。

 その歩道から空を見上げると、両側の道路は視界に入らず、立ち並ぶ高層ビルの間に広く青空が見える。川の中には、ビオトープ(生物の棲息場所として人工的に整備した環境)らしき仕掛けがそこかしこにあり、都市に自然を呼び戻そうとする試みがみられる。文化館の資料によると、すでに多様な生物がこの空間にやってきているようだ。鳥も、昆虫も、植物だって、道路よりは、川のほうが好きだ。

 そして、素敵な空間が生まれれば、たくさんの人も集まってくる。観光客が記念写真をとったり、ビジネスマンが休んでいたり、中年の夫婦が健康のためのウォーキングをしていたり、恋人たちが肩を寄せ合っていたり……。

 幹線道路を廃止したにもかかわらず、交通の混乱は、思いのほか起こらなかった。この事業を機会に、バス専用路線を24時間、追い越し車線側に設けたことで、バスは地下鉄に次いで最速の都市交通となった。商業者支援策や川の空間の良さが功を奏して、周辺の再開発も進んでいる。

 僕たちは、いつも短い時間の中で、必要に迫られて小さな問題の解決を繰り返している。そんな日々はとても忙しいから、遠く未来を見つめることなど忘れ、全体のバランスを崩してしまうことがある。

 まちのやさしさや美しさは、まちが、長い時間の中で創りあげてきた本質を保ち続けることから生まれる。そのことを忘れてはならない。忙しさは心を亡くす。忙しさの中で、やさしさや美しさを無くしてしまったら、また、やり直せばいい。

 三十歳からやり直してソウルのまちづくりに燃える親友と、子育てをしながら、今もなお論文に取り組む奥様。仲の良いお二人の美しさとやさしさに触れて、僕の心は、渓流の清らかな水で洗われたような気持ちがした。

【注】

※1 日端康雄先生は、僕たちの筑波大学大学院時代の恩師です。現在は、慶應義塾大学大学院の教授としてご活躍で、都市計画分野の大先生です。僕は、その後も慶應義塾で博士論文のご指導をいただきました。やさしくて、頭脳明晰な、ほんとうに立派な先生です。また、清渓川の情報は、ソウル市の日本語ページをごらんください。外国語での情報公開も進んでいます。【本文に戻る】

※2 ボストンの事業は、Massachusetts Turnpike Authorityに詳細があります。市内の中心部とウォーターフロントエリアとを分断する高速道路を約14kmにわたって撤去する事業なのですが、事業費が莫大なものとなっていて、苦難の事業になりつつあるようです。こうした試みが必ずしもうまく行くとは限りません。【本文に戻る】