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 アメリカは、住宅バブルがうまく軟着陸して終わるのか、それともこれからローンの破綻が多発して一騒動あるのか、まだ見極めがつかない時点にある。明らかに、住宅の売上げ戸数も価格も数年前の勢いはどこへやら、すっかり沈静化した。だがシリコンバレーだけは例外だとされている。

 アメリカは国土が広いので、産業の隆盛がまるで別の国のできごとのように、それぞれの地域でまったく違った様相を見せる。シリコンバレーにまた人が集まってきて、ちょっとしたバブル化が始まっている話はついこの間書いたが、テクノロジー産業の盛り返しと人口の巻き返しを反映して、シリコンバレー、特にその中心部は住宅価格はまだ高いまま、そして売家はバブル時代よりも早く買い手がついてしまうほどだという。先だってデトロイトへ出掛けたが、アメリカの自動車メーカー、ビッグ3がそろって不調な今、この町の郊外では空家が山ほどあるのだそうだ。「この町にいるだけで、気分がふさぐ」と、自動車産業とはまったく無関係な知人が言っていた。

 シリコンバレーでもっとも人気があるのは、スタンフォードのお膝元パロアルト、グーグルの地元マウンティンビュー、そしてアップルの地元クパティーノである。いずれも優秀な学校区でもあるので、この地域に引っ越してくるエンジニアの家族などは、競ってこのあたりに住まいを探す。3ベッドルームの家で、90万ドル(1ドル=118円換算で約1億600万円!)とか120万ドル(同、約1億4200万円)といった価格が、当たり前につく。数年前ならば、その半分とか3分の2くらいの値段だったところばかりである。しかもアメリカでは「住所=ステータス」と考える人が多いので、人気は増すばかり。住宅バブルがはじけようが、これらの町の住宅価格はまったく下がらない。

 その周辺の美しい住宅地ロス・アルトス、ロス・ガトス、メンロパークなども地価が高い。小規模だがちょっとかわいらしいダウンタウンがあり、しゃれた店も多く、歩道に椅子を出したカフェでお茶でも飲もうかという気分にさせる、このあたりではめずらしい場所である。

 そしてアサートン。メンロパークの北のこの町はアメリカ有数の豪邸街で、広大な敷地にディズニーランドのお城のような家が建っているところである。成功したIT企業の社長やベンチャー・キャピタリストらが多く住んでいる。ここは、もともとサンフランシスコに住む富豪の避暑地だったところで、今でも頑固に「田舎風」の町づくりを守っている。「田舎風」とは、つまり歩道もなく、街灯もなく、ダウンタウンもないこと。夜に運転でもしようものなら、道も標識も見えず危なくて仕方ない。「田舎風」はよそ者を入りにくくする「排他風」と同じなのである。このあたりでは600万(約7億円)、700万ドル(約8億3000万円)の家が当たり前に売れていく。

 シリコンバレーの隠された秘密が、イースト・パロアルトである。アメリカ有数の犯罪多発地帯のこわい町だ。パロアルトの地価が下がるという理由で、ここを別の市として切り離した歴史もあるらしい。シリコンバレーのバブル、その後の住宅バブル時代を通して、この町のスラムも一掃されて、高級住宅街になるのではないかと予測した人もいたが、そこに達する前にどちらのバブルも終わってしまった。有名な法律事務所ビルとフォーシーズンズ・ホテルが、パロアルトに限りなく近いイースト・パロアルトに建てられたが、これも地価に大きな影響を与えることはなかったようだ。

 イースト・パロアルトのようにバブルにも取り残され、バブル後は一層の痛手を受けている地域が、シリコンバレーには他にもある。この明暗は「シリコンバレーの二都物語」と呼ばれているほどだ。経済と産業と社会と心理の複雑なメカニズムを目の当たりにするようである。