「現行のDVD市場を急速に置き換えていきたい。もう赤色のDVDなんていらない――」。
次世代光ディスクが「次世代」でなくなる日が、ついに来ました。2006年3月31日、東芝がHD DVDプレーヤーの量産出荷を始めたのです(関連記事)。東京都内で開催された製品発表会では、東芝のAV機器事業の責任者である藤井美英上席常務が、300人近い記者を前にして、冒頭のように宣言しました。
「赤色」とは、DVDの光ヘッドがディスク上のデータを読み取るために放つレーザーの色のこと。次世代光ディスクと呼ばれるHD DVDとBlu-ray Discは、いずれもディスク1枚当たりの記憶容量を高める目的で青紫色のレーザーを採用しています。これまで話題先行の感が強かった次世代光ディスクですが、商品化に文字通り青信号が灯ったわけです。
日経パソコンとしては、次世代光ディスクがパソコンで使えるようになる日が待ち遠しいわけですが、これもそう遠くはありません。東芝はノートパソコン用のHD DVDドライブを既に開発済み。これを内蔵した「Qosmio」を6月までに発売すると明言しています。
Blu-ray Disc陣営でも、パイオニアがデスクトップ機の内蔵用Blu-ray Discドライブを1月に発表しています。ソニーも、初夏にはBlu-ray Discドライブを内蔵した「VAIO」を発売する意向を示しています。お盆の頃にはこれらの製品が店頭に並び始め、順当にいけば年末商戦に各社の次世代光ディスク搭載パソコンが出そろうでしょう。ソニーグループが社運を懸けて11月上旬に投じる「プレイステーション 3」にも、Blu-ray Discドライブが内蔵される予定です。
次世代光ディスクで気になるのは規格の分裂です。Blu-ray DiscとHD DVDの両陣営は、2005年にいったん規格統一に動き、最終合意の寸前まで行きました。しかし、結局は物別れに終わり、それぞれの対応機が発売されることになったのです。
ユーザーにとっては分かりづらい話ですし、各陣営がそれぞれに投じた莫大な開発コストが製品の小売価格に跳ね返ってくることも事実です。とはいえ、既に時計の針は進んでしまいました。今から講じられる善後策を、前向きに考えていかなくてはなりません。
筆者としては、完全な規格統一は既に手遅れだとしても、今後ゆるやかに両陣営が合流し、ユーザーに掛ける負担を最小限に抑える道を探ってほしいと思います。また、そうした方策を採ることは、あながち荒唐無稽でもないと考えています。
こう考える背景は2つあります。1つは、Blu-ray DiscとHD DVDの両対応ドライブを開発できそうな可能性があるという点です。両陣営の規格には相容れない点もあるのですが、実は共通点も少なからずあります。例えば、ディスクの直径やディスクの読み書きに使うレーザーの波長、映像をデータに変換する方式、著作権保護技術などは共通です。
問題になるのは、ディスクの厚さやレンズの違いといった物理的な規格でしょう。現在の技術で、これを解決して両対応ドライブを開発するには、ドライブに光ヘッドを2個取り付けるか、光ヘッドに載せるレンズを2枚用意するなどの工夫が必要です。ドライブの構造が複雑になるほか、部品が増えるので製造コストが上がってしまいますが、実現可能だと私は考えています。
なぜなら、ソニーの「PSX」のようにドライブに光ヘッドを2個取り付けつつ、低価格を実現した例があるからです。実用化はまだ先ですが、さまざまな規格に対応したドライブを少ない部品で製造できる、液体レンズという技術も研究されています。
もう1つの背景は、メーカーが規格争いに固執している場合ではなくなっているという点です。多くのメーカーは、現行規格であるDVDのプレーヤーやレコーダーで、採算を確保することが既に難しくなっています。DVDレコーダーの参入メーカーが少なかった2003年秋ころまでは、DVDレコーダーは利幅の大きい製品でした。しかし、2003年の年末商戦でソニーが参入したあたりから、し烈な価格競争が始まったのです。
2004年にはアテネ五輪に伴う特需もあり、販売台数は急増したのですが、製品単価は2004年の1年間で大幅に下がり、大手メーカーでも営業赤字を計上するところが続出しました。その後、2005年に複数番組の同時録画機能を備えた製品や地上デジタル放送のチューナーを備えた製品などがヒットし、2万~3万円で投げ売りされるような状況はひとまず脱しました。
しかし、販売台数が急増した結果、2005年春には普及率が5割に達し、同年6月には台数ベースで前年割れを記録。その後も頭打ち傾向が続いたまま、今に至っています(参考資料)。
DVDレコーダーの価格が安くなることは、ユーザーにとって福音です。とはいえ、メーカーからすれば、いくら売っても利益が出ないという、いわば“豊作貧乏”の状態に陥ります。こうした背景から、メーカーは次世代光ディスクへの脱却を急ぐのです。
両陣営ともに十分な資金を持つという状況ならば、あるいは規格の優劣がはっきりしていてごく短期間で決着が望めるならば、どちらかが倒れるまで徹底的に闘うという選択肢も考えられます。しかし、現実にはそんなに悠長ではありません。残存者利益を求めるつもりが、ユーザーにそっぽを向かれて共倒れという最悪のシナリオも考えられます。
販売価格と量産体制、ユーザーの認知度などを鑑みれば、次世代光ディスクの普及が最も進むのは2008年夏の北京五輪のころでしょう。そのころには、規格が何かを気にすることなく、個々の製品の特徴で次世代光ディスク製品を選択できるようになっていることを心から願っています。