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 2007年7月16日に起きた新潟県中越沖地震。発生から2カ月近くが過ぎ、すでにマスコミの報道からはほとんど姿を消しました。被害を受けたライフラインは徐々に復旧し、最後となった都市ガスが8月26日に復旧しましたが、それでも、いまだ現地に残った爪あとは消えたと言うにはほど遠い状況です。先日、柏崎市在住の友人とメールでやり取りしたのですが、彼によれば「家が倒壊した人などはこれからがまだまだ大変そう」とのことです。

 8月1日、地震発生から2週間と2日が経過した日に、私は取材として現地に赴きました。目的は「災害時に被災者への情報提供手段としてITはどれほどの力を発揮できたのか」を調べるためです。復旧作業に取り組む住人の方々や避難所で暮らす方々、市役所の方などにお話を聞かせていただくことができました。

 結論から言えば、被災者の方にとって、情報提供の面でITが力を発揮できた部分は少なかったようです。聞く人聞く人、どの人の口からも「パソコン」「Web」などという言葉は出てきません。 柏崎市東本町で陶器屋を営む中村美也子さんは「情報は基本的に防災無線とFMラジオ。起こった直後は本好きの私でも文字なんて見る気にならなかった。あの状況下では、目よりも耳で得る情報が頭に入ってきやすかった」と言います。避難所で暮らす方やボランティアの方も「Webページを携帯電話で見るのはお金がかかる」「紙が一番。(避難所の掲示板に様々な情報が書かれた紙が張り出されているので)避難所に集まる紙情報でも十分な情報が手に入れられる」とし、ITに関する言葉はありませんでした。また携帯電話各社が提供する災害掲示板サービスやNTT東日本の災害用伝言ダイヤル「171」についても、「チャレンジしたけど難しかった」(中村さん)とのことです。

1階から崩れ落ちた家屋。古い家が多く、1階部分から崩れている家屋を多く見かけた
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