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 この原稿を書いている3月22日現在、一人の日本人が地球を回り続けている。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の土井隆雄宇宙飛行士が、国際宇宙ステーション(ISS)に滞在中なのだ。土井さんは、3月11日に米国のスペースシャトル「エンデバー」に乗ってISSに向かった。日本のモジュール「きぼう」の最初のセクションである「船内保管室」をISSに取り付けるのが任務だ。すでに「船内保管室」の装着も無事に終わり、その他の仕事も順調に進んでいるという。

ISSに取り付けられた日本モジュール「きぼう」の船内保管室にて。日の丸の前に浮かぶ土井隆雄飛行士。1982年の検討開始から26年目にして、やっと組立が始まった。(Photo by JAXA)

 しかし、実のところISSの未来はぱっとしない。当初計画では1992年(16年も前だ)には完成しているはずが、中心となる米国の予算不足や計画の混乱、2度のスペースシャトルの事故などで遅れに遅れ、現在は2010年完成予定となっている。当初予定からは実に18年遅れだ。

 ブッシュ米大統領は2010年のISS完成と同時に老朽化が進みつつあるスペースシャトルを退役させると宣言してしまっている。その後、宇宙飛行士をISSに送り込むには、ロシアの「ソユーズ」宇宙船を使うほかない。

 ISSのぱっとしなさには、スペースシャトルの出来の悪さが大きく影響している。1981年に初飛行した頃、スペースシャトルは1回30億円で打ち上げ可能で、しかも年間50回は運行できるとしていた。この目標が達成できていたら、今頃はもっともっと宇宙開発は進展していただろう。

 ところが実際には、最高で年間9回の飛行が精一杯で、一回の運行経費も、現在では800億円とも1000億円とも言われている。ざっと30倍だ。1986年の「チャレンジャー」爆発事故、2003年の「コロンビア」空中分解事故と、2回の人身事故を起こしたことも記憶に新しい。

 スペースシャトルはISS建設にあたって、様々なパーツを宇宙に運ぶ役割を果たしている。例えばタクシーワンメーター710円で行けますよというのが、実際には2万1000円もかかり、しかも行く途中で事故まで起こされてしまうということだから、これはもうどうしようもない。

 なぜ、スペースシャトルがそんなにも出来の悪い乗り物になってしまったのかといえば、最大の原因は「宇宙船に翼をつけてしまった」からだ。

 翼は、空気の流れから機体を浮かせる力、つまり揚力を得るための道具だ。
 ではスペースシャトルの翼が、いつどのようにして役立っているか考えてみよう。打ち上げの時、シャトルはロケットエンジンで垂直に上昇して大気の層を抜けていく。当然翼は役に立っていない。宇宙空間には空気がない、だから地球を回る軌道にいる間も翼は役に立っていない。

 シャトルが大気圏に再突入する時にはじめて、翼は機体を減速するために役に立つ。でも、アポロやソユーズのようなカプセル型宇宙船もちゃんど大気圏に再突入して帰ってきていることから分かるように、減速のために翼がどうしても必要というわけじゃない。

 減速したスペースシャトルは、翼でグライダーのように滑空し、最後に滑走路の着陸する。この段階でやっと翼は役に立つわけだが、翼が翼としての機能を発揮する時間は15分程度、長く見積もっても30分ぐらいだ。

着陸するシャトル「アトランティス」(2008年2月)。大きな翼は、着陸時の30分程度しか、その機能を発揮していない。(Photo by NASA)

 スペースシャトルは打ち上げから帰還までだいたい2週間だ。つまり、最後の15分でしか使わない大きく重い翼を、2週間も後生大事に持って行っていることになる。これではシステムとしての効率が上がるはずがない。

 米国はなんでそんな設計を採用してしまったのか。突っ込んで調べていくと、根底には「空も宇宙も同じ上」という私達の日常感覚にあるらしいことが見えてくる。

 冷静に考えれば、空と宇宙は全然違う環境だ。空には空気があり、重力を感じるけれども、地球を回る軌道に入れば、空気もなければ重力も感じない。水の中と地上とが全く違うのと同じぐらい、空と宇宙は違う。

 でも、私達はなんとなく「空も宇宙も上」という間隔で、この地上に暮らしている。ロケットも飛行機も飛ぶものだから、飛行機で高く高く飛んでいけば宇宙に届くものだと、なんとはなしに思いこんでしまう。

 そんな感覚の罠から、プロの技術者の逃れることができなかった。その証拠に、産業の分類として「航空宇宙」という分け方がある。

 英語にも「aerospace」という単語がある。これには航空機メーカーが宇宙機の製造に進出していった歴史的経緯も関係しているのだけれど、根底には「空も宇宙も同じ上」という思いこみがあると考えて間違いないだろう。

 我々人間は、ついつい間違った思いこみに陥りやすい生き物なのだ。

 先入観に基づいて、スペースシャトルのような巨大なシステムに対して、巨額の投資が行われ、あまつさえ欠陥がはっきりしてからも「他に代わるものがない」という理由で使い続けなくてはならない――本当に先入観は恐ろしい。