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 春がやってきた。近所の公園の桜が満開である。この春、新しい学校や会社で新しい人生のスタートを切る方々も多いだろう。美しい桜の花のように新しい世界で花を咲かせたいとの期待も膨らむが、一方で新しい生活が始まるときには不安もよぎる。いままでに経験した世界で得られた情報がすぐに役に立たたなくなって、正しい判断をすることが難しくなるからだ。

 人間に限らず生物は、自分にとって好ましいかどうかを過去の経験に基づいて判断し、自分にとって好ましいものを選択し、好ましくないものを遠ざけて暮らしている。好ましさの根源的な判断基準は、細胞の増殖を含む個体の再生産をすることつまり生殖と、食物を取り込んでエネルギーに変換して運動したり、体温を維持したりする代謝を安定して行えるかどうかにある※1

 生物がどんな風に情報を処理して、好ましいかどうかを判断しているかというと、感覚量で把握しているらしい。その感覚の量は、刺激から得られる対数の量に比例するということが、ウェーバー・フェヒナー法則として知られている。つまり人間は対数で感じている。地震のマグニチュード、音のホン、光のルクスなどという単位をわざわざ使っているのは、人間の感覚にあわせて程度を示すためで、地震ならマグニチュードが「1」上がるとエネルギーは32倍、つまりM5とM7では1024倍のエネルギーの差があるということになる。

 ちょっと話が乱暴だけれど、例えば、社会がぎくしゃくしているなあ、と感じるとき、あるいは生活がうまくいっていないと感じるときには、うまくいっていない度が「1」上がると結構大変な量の好ましくないことが周辺で起こっていることになる。逆に、人生の順調度が「2」上がったと感じた場合には、相当に良いことが相乗的に起こっているということになる。お金持ちが普通のサラリーマンと比べて、びっくりするくらいたくさんのお金を持っているというのも、対数の量で感じる人間の性質を考えると納得できるような気がする。

 学校の成績や会社の仕事で、なかなか自分のことを評価してくれないと嘆く人がいる。上司や先生が人間であれば、その人は評価を対数に比例して感じてしまうのだから、他の人よりびっくりするくらいの差がないとその人がすごいという感覚は持ち得ないことになる。人事評価を「1」上げるのは大変なことなのだ。評価をあせってはいけない。評価は、他人のもので、人間は対数で感じる。

 今、街の本屋さんでは「生物と無生物のあいだ」という本がベストセラーになっていて平積みにされている。分子生物学の世界のことをとてもわかりやすく、面白く伝える本で、なるほどベストセラーになる本はさすがだと一気に読んでしまった。

 そして、この本でもまた、生命は、「現に存在する秩序がその秩序自身を維持していく能力と秩序ある現象を新たに生み出す能力を持っている」と代謝と生殖が生物の基礎であることを指摘する。さらに、代謝や生殖を続けるために生物は、食物に含まれるタンパク質や炭水化物などの有機分子が構成する秩序をことごとく分解して、そこに含まれている秩序に関わる情報をいったん捨ててバラバラにしてから吸収しているというのである。また、生物は、代謝と生殖を続けるために、生物としてのシステムの耐久性や構造を強化するのではなくて、システム自体を流の中に置くことでエントロピーの増大に対抗しているというのである※2

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