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パソコンの性能を決める最も重要なパーツがCPUだ。今でこそ米インテルのCPUが圧倒的なシェアを獲得しているが、現在に至るまでの20年間には、パソコン市場という豊かな領土を巡って激烈な戦いが繰り広げられた。

セカンドソース終了がCPU戦争のきっかけに

 インテルと米AMDの戦いが勃発したのは1987年のことだが、そこへ至る紛争の種は1982年、米IBMによってまかれていた。1978年、2万 9000個のトランジスターを集積した16ビットCPU、8086を世に送り出したインテルは、続いて発表した8088がIBMの「IBM PC」に採用されたことで、パソコン市場の主役に躍り出る。

 このころ、IBMはパソコンのCPUを供給するメーカーに対して、「セカンドソース」と呼ぶ契約を要求していた。チップの供給を安定させるため、開発メーカーだけでなく、ほかの半導体メーカーにも同じチップを生産させるよう求めたのだ。1982年、AMDもセカンドソースの一員として、インテルCPU の生産を始める。84年にはインテルの80286と完全互換のCPUを出荷した。

 IBM PCとMS-DOSの組み合わせが標準パソコンとしての地位を確立すると、8086に基づいた「x86アーキテクチャー」が世界の標準になっていく。このときまでは、インテルとAMDは“x86同盟”の下でがっちりと手を組み、競合する米モトローラなどに対抗していた。