PR

 ワイヤード誌編集長で、『ロングテール』の著者クリス・アンダーソンが、次の著書の準備をしている。著書の内容は「タダの経済」だ。

 タダの経済とはすなわち、さまざまなものが無料になってしまうこと。例えば、グーグルのGmailのように、お金を払うことなくメールが使え、その上、結構大きなストレージももらえるというようなこと。また、これまでは購読料を払っていた新聞や雑誌の記事が、インターネット上ではタダで読めるようになったことなどがそうだ。

 アンダーソンによると、これからタダの経済はどんどん広がっていくのだが、それを支えるいくつかのパターンがあるという。

 一つは、よくある広告サポートによるモデル。Gmailをタダで使う際には、自動的にグーグル・ブランドを伝言ゲームのように宣伝していることになる。あるいは、新聞記事をタダで読めても、いつも最初に自動車メーカーのバナー広告が出てくるといったようなものだ。

 二つ目は、日本の携帯電話にあったような「クロス・サブシディー」というモデル。携帯電話機を無料で配って、その代わりに通信料で儲けたり、カミソリをタダにして、カミソリの刃で儲けたりするようなものだ。プリンター・メーカーが今やプリンターの売り上げよりも、取り替えインクの売り上げで稼いでいるというのも、この方向に乗ったものだろう。

 三つ目は「労働交換」。ユーザーが生み出すコンテンツなどが典型だが、消費者が何かを作り出し、その見返りにサービスやモノを無料で享受するというモデルである。

 さらに「フリーミニウム」と彼が呼ぶのは、99%をタダで提供し、1%で儲けるもの。これまでならば、オプションを無料にするなど1%のタダの部分で消費者を釣り、99%を買わせようというのが商売の魂胆だったが、それが逆転する。たとえば、ヨーロッパの格安航空会社では激安な航空券を販売しているが、これは航空券自体よりも、旅行者のレンタカー・サービス、ホテル紹介、広告などで儲けるというものだ。

 それにしてもこの「タダの経済」、われわれが今ジワジワと感じていることを言い当てた上、整理までしていて、ウ~ンとうならせるものがある。世界の動力がデジタルになるにつれて、何に価値があるかの、そのありどころが変わってきたのである。アンダーソンは、「時間や金から、アテンション(注目されること)や評判が、これから貴重とされるものになる」と言う。

 ただ、ロングテールの時もそうだったが、アンダーソンの視点はあくまでも世の中の変化をマーケティング的、俯瞰的に捉えるものの、その中を構成する小さな個々人への道しるべはあまりないように、私には感じられる。彼自身、「ロングテール」を書いた際も、「じゃあ、僕みたいな人間も成功するのですね」と、まさにロングテール的(=売れない)アーティストによく尋ねられて困ったと言うが、売れない人々は「注目される可能性」はあっても、それで立派に生計を立てられる保証は、やっぱり稀なケースを除いて、ないのである。

 「タダの経済」の話を聞いて同じように、「じゃあ、私たち個人はどうなるのかなあ」と考えてしまった。タダは嬉しいと喜ぶべきか、いろいろなタダの見分け方を学ぶべきか。「タダ」の正体がまだよくつかめないのである。