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 先日、セールスフォースの記者発表会に行ってきた。セールスフォースと言えば、企業向けアプリケーションをインターネット上で提供するSaaS(Software as a Service;サービスとしてのソフトウエア)の旗手的存在。マイクロソフト製品のようなデスクトップ向けパッケージ・ソフトではなく、すべてのアプリケーションはクラウド(インターネット)から蛇口をひねって水を出すようなサービスにしてしまえばいいというモデルを打ち出した企業だ。

 サンフランシスコ・フォーシーズンズ・ホテルの発表会場で、まず壇上に上がった同社CEO(最高経営責任者)マーク・ベニオフのスピーチをノートにメモしようとして、「えぇっと、こんな人だっけ?」と、ペンの動きが止まってしまった。

 ベニオフは、かなりユニークな経営者として知られている。1999年にセールスフォースが設立された時、SaaSが現実的なものととらえていた人は少なかったと思う。「いつかはそうなるだろうけれど、ちょっと早すぎませんか」というのがたいがいの感想だった。彼は、未踏の領域に一人で乗り込んでしまったのだ。

 彼はまた、熱心なダライ・ラマの信奉者としても知られる。熱が嵩じてダライ・ラマの写真を自社のマーケティング・イベントの広告に無断で採用してしまい、後に謝罪をしたこともある。その他にも、野球スタジアムを借り切ってパーティーをするとか、イルカと一緒に泳ぐのが好きとか、けっこう面白い話が多い。社員の就業時間の1%をボランティアに向けるという、企業フィランソロピー(慈善活動)にも熱心だ。データベース管理システム大手のオラクルで管理職に就いた後、セールスフォースを立ち上げたが、まだ40代前半という若さである。

 その彼のスピーチが、何とも内容がなく、メモを取るに値しないのである。何と言っても、「イノベーション」「次世代」「コラボレーション」といった、シリコンバレーでさんざん言い古された単語を、動詞と前置詞で結んだだけのようなスピーチ。

 以前に会って話を聞いた時は、語り口がもう少し面白かったがなあ」と思ったが、つまらなくなった社長のスピーチには二通りの解釈がある。一つは、本当につまらなくなった場合。もうひとつは、その企業が本格的メジャーになりつつあって、CEOは必死に働いており、この手のスピーチを他人任せにした結果、運悪く才能のないスピーチ・ライターに当たってしまったという場合だ。

 さて、今回の発表会のケースは明らかに後者。このつまらないご挨拶スピーチの後に待っていた発表が、グーグルが提供するオフィス系アプリケーションをセールスフォースのCRM(顧客関係管理)に組み込むという面白いものだったのだから。セールスフォースとグーグルはすでに昨年から提携関係にあるが、Google Apps、Gmail、カレンダー、Google Talkなどの機能をセールスフォースのプラットフォームに統合して、CRMの画面でスムーズに両者が利用でき、顧客ごとのメールのやりとりが統合、記録されていくといったことも可能になる。

 この発表が興味深い理由はいくつかある。グーグルはこうしたサービスをすでに企業向けに提供しているが、今回の動きは再販というモデルということだ。しかも、セールスフォース側は、無料と付加サービス付き有料という両方を用意するらしく、ちょっとオープンンソースのLinuxのようだなあと思わせるところもある。無料のグーグルのサービスやアプリケーションを上手にパッケージしてメンテも提供すれば、有料の売り物になるというモデルだ。

 何よりも、ここからまた対マイクロソフト合戦が激しくなる。セールスフォースとグーグルは、デスクトップ派のマイクロソフトに攻撃を仕掛けてきたが、一時はグーグルがセールスフォースを買収するのではないかというシナリオもささやかれていた。今回は、その2社ががっちり組んだという印。セールスフォースとしては、少なくともしばらくはホッと一息というところだろうが、組んずほずれつのシリコンバレー、まだまだ先は分からない。