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 クラシック音楽ファンには楽しみな映画が公開される。19世紀末のロシアが生んだ最大の音楽家の一人セルゲイ・ラフマニノフの伝記映画で、タイトルは「ラフマニノフ ある愛の調べ」。パーヴェル・ルンギン監督のロシア映画だ。

(C)2007 THEMA PRODUCTION JSC (C)2007 VGTRK. ALL RIGHTS RESERVED
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 ラフマニノフといえば、「のだめカンタービレ」にも登場したピアノ協奏曲第2番などの名曲で、広く親しまれている。19世紀末から20世紀前半にかけて、これほど甘美なメロディをたくさん書いた作曲家はほかにいないだろう。

 ラフマニノフは、作曲家であると同時に大ピアニストでもあった。むしろ存命中は、スター・ピアニストとして圧倒的な名声を獲得していた。片手で12度の音程(ドから1オクターブ半上のソまで)を押さえられたと伝えられるほど巨大な手を持ち、自作以外にも数多くのレパートリーで華麗な演奏を聴かせた。録音は古いが、現在でも彼の演奏をCDで聴くことができる。ラフマニノフはピアニストとしての才能を発揮する一方で、音楽院生時代より作曲家の道を志していた。

 だが、その道のりは決して平坦ではなかった。今回の映画「ラフマニノフ ある愛の調べ」では、ラフマニノフが作曲家となるために通過しなければいけなかった3つの困難が描かれている。いずれもおおむね史実に沿ったものだ。

 まずはモスクワ音楽院時代の師ズヴェーレフとの対立。ズヴェーレフ家に寄宿しながらピアノを学んでいたラフマニノフにとって、師は親も同然。しかし厳格なズヴェーレフはラフマニノフに対し、作曲を才能の浪費と考え、大ピアニストへの道を進むことを強いた。ラフマニノフがついに師と和解できず、ズヴェーレフの家を出るシーンは、天才というよりもこれから世に出る一人の若者を描いた場面として感動を呼ぶ。