PR

 信州松本という、都会から離れたところに住んでいるせいか、ひとりで部屋にこもって文章を書いてメールで送信するだけなせいか、自分はあまりマス・メディアにかかわっているという実感がない。

 本を書いている、雑誌の文章を書いている、とはいえ、自分のパソコンにあるうちは、正真正銘、その文章のファイルはひとつしかない自分だけのものだが、ひとたびメディアに「送出」してしまえば、本なら何万部も印刷されて世に出回るし、オンラインメディアなら、何十万、何百万もの人々の目にさらされることになる。

 ところで、どこか遠い所へ旅行に出かけた際は、書店にふらっと立ち寄ってみる。するとなぜか(なぜかは明白だが)自分の本が置いてある。手に取ってみると(これも当たり前だが)、数カ月前には自分のパソコンにしかなかった文章が書かれている。こんな遠い街の知らない場所に自分の一部がある。それはそれでフシギな気持ちだ。

 この連載も、インターネット上の「PC Online」のサーバーにあるファイルというのは実は大嘘で、もしかしたら自分のパソコンでしか表示できないローカル・ファイルでしかないのかも…などと、出先のパソコンや電器店のデモ・パソコンで表示してみて、「やっぱり表示できるってことは、世界中から見れるというのは本当なのだな」みたいなことをブツブツつぶやいている自分は…ヘンな人だ(笑)。

 以上のことは、今こうして綴ってみればほぼ冗談みたいな話ではあるが、少し前までは自分の書いているものにすごく不安があった。「ホントにこれでいいのだろうか」「何かものすごい間違いを書いていて、世間の人々にものすごくメイワクをかけているのではないか」などと悩むこともあり、実際夢などでひどくうなされたりもした。「メディアへの露出への実感」を必要以上に欲したのも、そうした不安が原因だったのかもしれない。

 今、そういう「悩み」が解消されたわけではないが、なんとなく「まあ、これでいいのかも」という「悟り」もしくは「諦め」みたいなものが生じてきて、少し気が楽になってきている。

 以前も書いたが、「自分よりも知っている人がいるのではないか」「自分より上の人に教わりたい」「自分より知っている人に恥ずかしい」などと思っていたところが、実際のところ、「自分より知っている人」などというものは幻で、「自分は自分」に過ぎなくて、実際、上も下もないのだ。

 「自分は自分」「上も下もない」というのは、この世に生きている人みんなに通じるものがある。肩をすぼめて生きていくより、胸を張って自然体で生きていくほうが楽しいだろう。そして、まわりの人も、そういうふうに楽しく生きてる人を見ているほうが、悩み悩んで生きてる人を見るよりも、力がわいてくるだろう。

 自分のことに戻れば、「たくさんの人に見られるのだから、それだけの価値のあるものを書こう」「たくさんの人に役立つものを書こう」「たくさんの人を楽しませよう」と肩肘張るよりも、あまりそういうことを気にせず、「自分がこれで楽しかった」「こういうことが役だった」「こういうことに感動した」というような、実際の気持ちに基づく体験をのびのびとコトバにしたほうがどうも喜ばれるらしい、ということも分かってきた。

 そうそう、やはりこれもすごく不安で、長い時間がかかり、苦労して書いた本がようやく出る。「インターネット&メール スパテク404 Windows Vista対応」(翔泳社)という本で、今までになくページが多い。よかったら立ち読みでもしてみてほしい。今月中旬には出回る予定だ。

 これも実感がなく、自分の本が出るなんて、未だに「ダマされてるかも」と思ってしまう「小さな」自分。でもこの「自分」で生きていくしかないと半ば諦めムード(笑)の今日この頃なのだった。