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 2008年9月に、経済学者の野口悠紀雄氏にインタビューする機会を得た。同氏は、『「超」整理法』(1993年、中央公論新社)の続編として、デジタルデータの整理術をまとめた『超「超」整理法』(講談社)を出版したばかり。その話を詳しくうかがうためだ。

 野口氏との話の中で、最も印象的だった言葉が次のようなもの。「グーグル的なものや、サービスを受け入れることができない人、そして企業は、未来で生きのびられない」――。

 この言葉の真意は、単に「Gmail」のようなクラウドコンピューティングと呼ばれる目新しいサービスをよく知り、そして使いこなすテクニックを身につけろ、という表層的なものではない。グーグルのような私企業にデータを預ける恐怖、そしてサービスがダウンするかもしれない恐怖を克服しろ、という観念的なメッセージだ。

 確かに、プライベートな目的ならいざ知らず、ビジネスの現場でグーグルのサービスに依存するのは、さまざまな“恐怖”が足かせとなる。いくらグーグル的なサービスが便利だと感じても、だ。

 クラウドに依存しすぎることを心のどこかで恐れていた筆者は、どのようにグーグルに対する恐怖(野口氏はこれを「グーグルフォビア」と呼ぶ)を克服したのか、野口氏に聞いた。同氏の答えは至極単純。「預かっている一個人の情報をのぞき見るような、社会の信頼を失う行動をグーグルがするはずがない。また、巨額を投じたデータセンターが、数千~数万円のハードディスクより壊れやすいはずがない。そう考えるのが最も合理的。あとは割り切るかどうかだけだ」。

 筆者は、このあっさりとした答えになんだか納得してしまった。社員やアウトソースした業者からデータが流出する確率と、グーグルという企業が信頼を“裏切る”確率はどちらが高いか。ハードディスクがクラッシュし、OSを再インストールする羽目に陥った経験をかんがみ、目の前に鎮座するパソコンとグーグルのデータセンターの故障率はどっちが高いか。答えは自明である。筆者も野口氏の意見に賛成だ。