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 モーツァルト晩年の大傑作「レクイエム」は、誰の依頼によって書かれたものか。

 1791年、名を明かさない長身痩躯の男がウィーンのモーツァルトを訪ねた。謎の男は気前よく高額の前金を払って、天才作曲家に「レクエイム」の作曲を依頼する。曲が完成した暁にはさらに報酬を払おう……。貧窮していたモーツァルトは、もちろん、これを受ける。

 この年、モーツァルトの健康状態は悪化する。オペラ「ティートの慈悲」、「魔笛」を完成させるが、「レクイエム」の筆は思うようには進まない。謎の男には「4週間以内に仕上げる」と答えたものの、体調を崩し、秋を過ぎ、冬がやってきてもまだ完成しない。12月4日、作曲家は高熱にうなされ、その日深夜に短すぎる生涯を閉じた。

 「レクイエム」、すなわち死者のためのミサ曲。まるでモーツァルトは自分自身のためのレクイエムを書いていたようではないか。作曲を依頼した謎の人物は、天才に白鳥の歌を書かせるために冥府から遣わされたのだろうか……。

 もちろん、そうではない。かつてはこのようなロマンティックな伝説が語られた時代もあったというが、現代では本当の依頼主が誰かというのは明らかになっている。依頼主の名は音楽愛好家の貴族フランツ・ヴァルゼック伯爵。この伯爵はかなり不思議な人物である。というのも、作曲家たちに作品を依頼しておきながら、その作品を自作と偽って発表するのが趣味だったのだ。伯爵は、亡き妻を悼むためにレクエイムを「作曲」したくなったので、匿名でモーツァルトに作品を依頼した。モーツァルト存命中に「レクイエム」は完成しなかったが、妻コンスタンツェがジュスマイヤーに補筆完成させ、無事にこれを「納品」する。ヴァルゼック伯爵はこの「レクイエム」を自作として指揮した。

 なんと厚顔無恥な伯爵であろうか、などと憤る必要はないはずだ。変わり者の伯爵のおかげで、このような永遠不滅の名曲が作曲されたのだから、感謝したいほどである。その初演の場に居合わせた人々はどのような感想を持ったであろうか。ぜひこう言ってやりたいものである。「伯爵、ずいぶん腕を上げましたな! あなたは真の天才作曲家として何世紀も後まで語り継がれますよ!」

 ウソは大きすぎるほうが罪がない。いくらなんでもこのような偉大な作品を一介のアマチュアが突然に書くはずもなく、この名曲が果たしてモーツァルトの作品かヴァルゼック伯爵の作品かという真贋論争など起きようもない。これは微笑ましい逸話と言える。