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 売れ筋の「バロック名曲アルバム」のような商品に必ず収録される曲というのがある。ナンバーワンは文句なしにパッヘルベルの「カノン」だ。熱心なクラシック音楽ファンの多くはこの曲をめったに聴かないだろうが、一般的な人気は驚くほど高い。

 それに次ぐくらいの地位を獲得しているのがアルビノーニの「アダージョ」だ。オルガンと弦楽合奏で綿々と歌われるしっとりとした旋律が耳に心地よい。これも映画などでも使用される人気曲だ。しかし、この曲、ぶあつい弦楽合奏で演奏されるからということもあるだろうが、あまりにもロマンティックでイタリア・バロック音楽には聞こえない。もともとこの曲は、イタリアの音楽学者レモ・ジャゾット(1910-1998)が図書館から発見したアルビノーニの断片的な自筆譜から編曲した作品ということになっている。しかももともとの自筆譜が公にされず、事実上この曲はジャゾットの創作とみなされている。音楽辞典のアルビノーニの項目をひいても、これほどの人気曲にもかかわらず「アダージョ」についての言及がないのはそのためだ。

 しかし、だからといってこの曲の作曲者をジャゾットと明記するかといえば、そんなことはない。CDに収録するときは今でもアルビノーニ作曲の「アダージョ」だ。別に誰が作曲者だろうと作品の価値は変わらないはずだが、一度アルビノーニの作品として人口に膾炙してしまうと、今さらそれを軌道修正するのは難しい。それにジャゾット作曲では「誰それ?」と言われてしまう。

 ジャゾットはアルビノーニの評伝を書き、作品目録を作っていた研究者だった。彼は研究対象とした作曲家の「新作」を自身の手で創造したばかりか、それが大ヒットして他のどのアルビノーニの作品よりもよく聴かれているのだから、ある意味究極の成果を手にしたとも言える。というか、学者より作曲家になったほうがよかったのでは。