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 「結(ゆい)」は、田植えや屋根の吹き替えなど、家族だけでは対応できない一時的に必要となる大きな労力を地域社会で補い合う相互扶助の仕組みである。こうした相互扶助の制度は、日本では「てまがえ」や「もやい」などと呼ばれることもあり、今でも世界各地の地域社会でみることができる。

 「結」が成立するためには、その人間関係がいつまでも続くことを前提とした強固な人々のつながりが必要である。しかし、そのつながりは閉鎖的で排他的なものになりがちで、高度成長期に人々は息苦しい地域社会を捨てて都市へと移動してしまった。その結果、地域社会は崩壊し、農林水産業は衰退の一途をたどっている。一方の都市ではたくさんの人が集まり匿名性が高まることで自由を手に入れることはできた。しかし、人々は、見られ、聞かれることのない無名の存在として孤独や不安に苦しんでいる。

 一度壊れてしまった古い仕組みを再生するのは難しい。だから古い「結」を再生するのではなくて、新しい「結」を創れないだろうか。地域づくりを担当する国土交通省が設置した「新たな結研究会」では、そんな問題意識で議論が交わされている※1

 その日、研究会メンバーであるNPO法人「きらり水源村」(熊本県菊池市)の事務局長 小林和彦さんは、水源村の人々や事業について楽しそうに、また人々と地域社会のつながりの大切さを熱く語った。

 小林さんは、大学卒業後、NGO活動で世界各地を歩いた後、この水源村にたどり着いた。彼は埼玉県の出身で、熊本とはほとんど縁がなかったそうだ。NGO活動を終えて様々な現代社会の問題に気づき、自分と社会はどこから再出発したらよいのか、迷い続けていたそうだ。そんな彼の目の前に現れたのが、廃校となった中学校の跡地だった。その校舎は「もう一度 はじめからやり直したら」と語りかけていたそうだ。

 その校舎は現在「きくちふるさと水源交流館」となっている。小林さんは、既存の地縁組織に入り込み、今もなお残る地域のつながりを核としたNPO法人を設立するとともに、トヨタ自動車の「Gazoo mura」に参加して地域情報を提供したり、「ap Bank」の融資を引き出したりして、都市の人々と地域の人々との新たなつながりを創ろうとしている。

 同じく研究会メンバーのNPO法人「がんばらまいか佐久間」の高橋淳子さんは、地域の内側から新しいつながりを創ろうとしている。旧佐久間町は、現在は静岡県浜松市天竜区の一部となったが合併前は独立した自治体だった。その地域性を存続させようと旧佐久間町の7割の世帯が加入して設立されたのが、がんばらまいか佐久間だ。

 山あいの町である佐久間は、過疎の集落を抱えている。65歳以上の高齢者が地区人口の48.6%(2008年10月1日現在)を占める。がんばらまいかが最初に取り組んだのは、病院や買い物に行けない高齢者の足の確保だった。佐久間にタクシー会社はない。町が残してくれた基金を福祉バス2台、医療バス1台の購入にあてた。日本初のNPO福祉タクシー事業である※2。運行経費は年間の支出が約400万円に対して、収入は約200万円で6人いる運転手さんが、交代で昼夜を問わず運転しても1日1万円の収入がやっとだそうだ。それでも、地域の人々が住み続けるために、この事業は続けなければならない。

 また高橋さんを中心に、食堂「いどばた」も開店した。一人暮らしの高齢者の多い佐久間では、食の支援も大切な仕事なのだ。この食堂を運営する女性活動委員会の皆さんは、休耕田を利用して、そば、小麦、とうもろこしなどを作り、これらの作物を利用した惣菜を提供している。この食堂は一人暮らしの高齢者たちの集いの場でもある。高橋さんは「やっと、地域の人たちがコインとお皿を持ってお惣菜を買いに食堂に来てくれるようになってきた」とうれしそうだった。

 川根振興協議会の会長 辻駒健二さんは、二人の話を聞いて、それぞれの地域づくりを評して「攻め」と「守り」の地域づくりだとうなずいた。その両方がうまくかみ合ってこそ地域づくりはうまく行く。辻駒さんは、広島県安芸高田市の川根地区で長年地域づくりに取り組んでいる。この住民自治のための組織が設立されたのは、なんと1972年のことだ。超高齢化、少子化、道路管理、災害対策など問題が山積し、このままでは川根地区が消えてしまうと奮起した。地区の人々は1世帯500円ずつ出し合って協議会を運営する。

 最初に協議会が直面した大問題は、少子化による中学校の統廃合問題だった。学校が消えるなら新しい地域の文化をつくろう。水源村の小林さんが取り組んでいる廃校利用の地域づくりのルーツは川根にあったのだ。川根中学校跡地に完成した宿泊研修施設「エコミュージアム川根」には、住民自治のモデルケースとなっていて視察が絶えない。辻駒さんたちがつくった地域文化は、日本全国の地域文化に育っている。

 最近、川根地区で農協が運営するスーパーマーケットとガソリンスタンドが廃業することが決まり地区に衝撃が走った。この店がなくなったら地域の生活は成り立たない。協議会は話し合い、世帯あたり1000円を集めて営業を継続することに決めた。地域の危機に自分たちで対応する力がついた。

 攻めと守り、よそ者と地域の結束、地域づくりは古いつながりを維持するだけでは守りきれない。地域の内と外の人々がつむぐ新しい「結」を求めている。アメリカ発の経済危機に対して、すぐに何兆円もの資金供給が決断できる国だ。こうした地域社会に暮らす貢献的な人々を支えられないわけはない。

【注】

※1 国土交通省「新たな結(ゆい)研究会」は、東京大学大学院工学系研究科 大西隆教授を座長として2008年6月に発足しました。地域活動組織のリーダーと大学の先生方との議論の中にこの問題の深刻さと希望を毎回のように感じています。【本文に戻る】

※2 NPO福祉タクシーは、過疎地有償運送事業というのだそうです。【本文に戻る】