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 「キックオフに先立ちまして、故人の○○○○氏を偲んで1分間の黙祷を捧げたいと思います。みなさまご起立ください。黙祷!」

 これは日本のスタジアムでもおなじみの光景だ。サッカーを観戦する方なら、こういった場面に遭遇する機会は決して少なくないだろう。

 先日、テレビでサッカー・スペイン・リーグのバルセロナの試合を見ていたら、やはり試合前に黙祷が捧げられていた。数えたわけではないが、スペイン・リーグではこの黙祷の機会がやたらと多い。主にバルセロナやレアル・マドリッドの試合を見ているが、それぞれ黙祷の回数が1シーズンに1度や2度では済まないという実感がある。そのバルセロナの試合で弔悼されていた故人は誰だったか、たしか前事務局長の秘書の方だったか……いや、前々事務局長の秘書だったろうか。対象は著名人ばかりではないのだ。サポーター組織の誰それが亡くなったということもあった。クラブ関係者の肉親ということもしばしばある。あるいは大きな事件や事故の犠牲者を追悼するということもあれば、ヨハネ・パウロ2世に黙祷したりもする。どういう基準で定められているのかわからないが、Jリーグや国際試合とは比べ物にならないほどひんぱんに、彼らは故人を悼む。

 黙祷する際には、場内に音楽が流されるのがスペイン・リーグでの慣習だ。バルセロナのホームゲームでは、いつもカタルーニャ民謡「鳥の歌」を耳にする。バルセロナを州都とするカタルーニャ地方出身の大音楽家、パブロ・カザルスによるチェロ独奏で知られる名曲だ。

 パブロ・カザルスは20世紀最大のチェリストである。大音楽家として歴史に名を残しただけではなく、スペイン内戦の勃発により亡命し、フランコ独裁政権に対抗し反ファシズムを唱えたことから平和活動家としても知られている。第二次世界大戦後、カザルスはカタルーニャへの望郷と平和への祈念をこめて、「鳥の歌」を愛奏する。1971年、当時94歳のカザルスは国連総会議場でこの曲を演奏し、「私の故郷カタルーニャの鳥は、ピース、ピース(平和)と鳴くのです」と語った逸話は有名だ。

 だから、反マドリッド、反カスティーリャの雰囲気が濃厚なバルセロナの本拠地カンプ・ノウ・スタジアムで、この「鳥の歌」が流れるというのは納得の行く話だ。

 バルセロナ以外のクラブはどのような音楽を使っているのだろうか。どうやら他のクラブでも「鳥の歌」を使うことはあるようなのだが、これ以外の曲を挙げると、たとえば、ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」の第2楽章、あるいはショパンのピアノ・ソナタ第2番の第3楽章なども使われている。いずれも、誰もが「葬送行進曲」として知っているような作品だ。

 バーバーの「弦楽のためのアダージョ」が流されたこともある。サミュエル・バーバーは20世紀のアメリカの作曲家である。映画「プラトーン」などでも印象的に用いられた曲で、アメリカでは要人の葬儀などでも使われる。死者を悼むために「弦楽のためのアダージョ」を奏でるという流儀はかなり広まっており、ある葬儀屋のウェブサイトでは「音楽葬」(というのがあるんですね)の選曲メニューにこの曲を見かけたほどである。それにしてもバーバーの作品がスペイン・リーグで用いられるとは。アメリカ生まれの文化がスペイン・サッカー界に根付くというのは、きわめて稀有なことではないだろうか。
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