PR

 バレンタインデーにオペラ映画「ラ・ボエーム」が公開される。オペラほど入門者にとって敷居の高い舞台芸能もないだろうが、映画館で観るオペラなら気軽なものである。「オペラには少し興味はあるんだけど、いきなり劇場に足を運ぶのは勇気がいる」という方には入門の絶好の機会なので、以下、このオペラ映画の見どころをご紹介したい。「もうオレはオペラ通だぜ」という方には、ワタシなんかが紹介しなくても、「ネトレプコとビリャソンが歌っている、スタジオのセットで収録したオペラです」と言えば十分だろう。

主役を歌うビリャソンとネトレプコ。2009年2月14日(土) 新宿 テアトルタイムズスクエアにてロードショー。(C) Unitel and MR Film Pietro Domenigg
主役を歌うビリャソンとネトレプコ。2009年2月14日(土) 新宿 テアトルタイムズスクエアにてロードショー。(C) Unitel and MR Film Pietro Domenigg

1. 「ラ・ボエーム」は猛烈に泣けるラブストーリーである。

 バレンタインデー公開という設定からもわかるように、「ラ・ボエーム」はオペラの中でも屈指の人気を誇るラブストーリーである。舞台は1830年代のパリ、クリスマス・イブの夜から物語がはじまる。「ボエーム」とは英語で言えば「ボヘミアン」、つまりパリで芸術家を目指しながら自由奔放に生きる若者たちを指している。詩人ロドルフォ、画家マルチェッロ、哲学者コルリーネ、音楽家ショナールといった登場人物たちは、みな口だけは立派なアーティストだが、暖炉にくべる薪も買えないほど貧乏な芸術家の卵たちだ。詩人ロドルフォは、偶然に階下に住むお針子のミミと出会い、恋に落ちる。ミミは一人暮らしの質素な女性で、「薔薇や百合の花を育てて、春を待つのが唯一の楽しみなの」みたいなことを言うタイプだ(ここ、笑うところじゃありません)。

 しかし不器用な青春真っ只中の二人は、不条理なまでの悲劇に向かって一直線に突き進む。嫉妬、純愛、病。過酷な運命は若い二人を決して容赦しない。華やかだが残酷なパリの姿を背景に浮かび上がらせながら、ロドルフォとミミの悲恋、そして若者たちの友情が描かれる。

 「なんだ、その程度の話か」と思われる方もいらっしゃるかもしれない。その通り。オペラでは「その程度の話」はぜんぜん珍しくない。むしろそれを承知の上で楽しむのがオペラ。現代において「映画の脚本」として通用するような、凝った複雑なストーリーをオペラに期待してはいけない。そして、「その程度の話」で観客を号泣させてしまうのが、オペラの、つまり音楽の魔力ともいえる。

2. オペラでは「俳優」ではなく「歌手」が演技をする。

 この映画「ラ・ボエーム」に登場するのは、みなオペラ歌手たちである。頭からおしまいまで、ずっと作曲者プッチーニの音楽が流れ、登場人物たちはセリフを語るのではなく、歌う。歌のない部分でも、オーケストラがプッチーニの音楽を奏でている。オペラでは物語以上に音楽が主役である。「ラ・ボエーム」の作者として名前が挙げられるのは、作曲者のプッチーニであって、台本作家ではない。

 オペラにはそれぞれの作品で聴きどころというものがある。たとえば、序盤でロドルフォとミミが出会った場面。ロドルフォは名曲「冷たい手を」を歌って自己紹介をする。続いて、ミミは「わたしの名はミミ」を歌う。こういった場面は歌を聴かせるためにあるので、字幕を目で追いすぎて耳が留守になってしまうともったいない。一流の歌手たちの美声でたっぷりと耳を愉しませたい。この「ラ・ボエーム」は全編に超名曲が散りばめられているお得な演目なので、音楽的にも親しみやすい。

 この映画に登場する歌手たちはみな本物のオペラ歌手だ。したがって全員オペラ風の演技をしている。一般的な映画に比べると、相当に濃い。表情の作り方も大げさすぎるかもしれない。本来オペラは劇場で歌われるもの。多くのお客さんはかなり遠目で歌手を見ることになる。微妙な表情なんて客席からは見えないから、歌手たちはみんな全身を使って演技をする(しかも歌いながら)。最初はこれを不自然に感じると思うが、(恐ろしいことに)しばらくするとそれが当たり前に感じられるようになる。

この記事は会員登録で続きをご覧いただけます

日経クロステック登録会員になると…

新着が分かるメールマガジンが届く
キーワード登録、連載フォローが便利

さらに、有料会員に申し込むとすべての記事が読み放題に!
日経電子版セット今なら2カ月無料