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 若い時はずーと売れない奇天烈落語家だった俺は、どうしたら落語が上手くなるのか分からなかった。自分では面白いと思って作った新作落語が、ことごとく寄席の高座で討ち死にする。

 ある日、新宿末広亭でまた客をポカンとさせてがっくり肩を落として戻って来た俺に、「おい、新潟(二つ目時代の俺の芸名)これ、蹴飛ばすなよ」と小三冶師匠のお弟子さん柳家九冶兄貴が言うではないか。えっ、と思い下をみると小さな四角い箱が置いてある。ん? なんだろうと触ろうとすると「馬鹿、録音中だ」と兄貴に怒られた。

 聞くと自分の落語をカセットテープで録音して家で確認すると言うではないか。「ええ、自分の落語を聞くだなんてなんてナルシストなんだ。恥ずかしい」と俺は思った。当時の芸人なんて、受けなければ「ちっ、今日の客は俺の芸が分からねえ馬鹿ばかりだ。酒飲んで寝ちゃおう」という無頼派がほとんどだ。俺がそんな軽蔑の眼で兄貴を見たのがばれたのか、「おい、俺は自分が落語が上手くなるためだったらなんだってやるんだ。それに自分の落語を冷静に聞くことはためになる。うちの師匠だってやってるんだ」。

 えぇ、あの名人柳家小三冶師匠が……。よし、俺もやろう。何にでも流されやすい俺はすぐになけなしの金で安い携帯カセットデッキを買い、上がる高座全部を録音した。

 聞いて驚いた。本当につまらないのだ。喋ってる時は夢中だから分からないが、自分の落語を客として聞いたら「何、訳分からないことばかり言ってるんだ。それにいかにも笑え、と客に押しつける所がうっとおしい」と冷静に分かってしまうのだ。

 そうか、九冶兄貴の言ってることはこのことだったのか。それから俺はどうしたらお客さんが喜んでくれるか笑ってくれるか必死に考えた。そこで出た答えが「普通に古典落語で客を笑わせなければ駄目だ」ということだ。つまり基本が大事。奇をてらって高座転げまわっても客は笑わないのだ。

 そこで古典落語の勉強でまた録音機が活躍だ。その当時録音できるMD再生機が出たばかりだが、お正月のお年玉をためて買いました。当時、MDと言うのは高品質に録音できるのが売りで俺は将来、このMDで録音した高座を「人間国宝三遊亭白鳥の軌道」とか名づけてCD発売してやろうと考えていたのだ。

 それから10年間、200本以上のMDに俺の落語を録音した。爆笑、失笑、沈黙、客の罵声ありと、それこそ普段レコード店では売ってない生ライブの臨場感たっぷりの高座が目白押しだ。

 「よし、そろそろこの中のベスト10位をCDにするか」--。そう思った俺は落語の録音を生業としている業者のおじさんに、「これCDにしてください」と持ちかけた。