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 近年になり、美術館をめぐるのが趣味になってきた。ルノワールもけっこう好きだ。どれも女性が華やかに描かれていて目をひかれる。輝いて見える。個人的に最も美しいとほれぼれしてしまうのは「ブージヴァルのダンス」。あと「舟遊びする人々の昼食」の群像が好きだ。オフ会、いや昼食会で親睦(しんぼく)を深めている仲間たち。さまざまな人間関係が垣間見られるのも面白い。作者からモデルとなる友人たちへの親愛感が絵を生き生きとさせているのかもしれない。そんなふうに感じる。

 今でこそ日本では人気の高い印象派ではあるが、登場した当時は既存の勢力からは良い評価をもらえなかったらしい。絵画の歴史は詳しくないので間違っていたらご容赦を。

 神話や聖書の人物などをモチーフとして写実的に描く旧勢力から見れば、印象派は雑に見えたらしい。「シミ」だの「描きかけ」だの、ひどい言われようだったとか。確かに近寄って見ると、ざざざっと素早く描き上げているせいか、タッチは粗いといえるだろうか。でもそこが醍醐味(だいごみ)ではないか。

 ちょっと離れたところから見ると、二次元のキャンバスに描かれているはずなのになぜか立体感までも伝わってくる。それを強く感じたのがモネの「印象、日の出」だ。すぐそばで見ると太陽の部分は「にゅるっ」と一筆で描いた雑な円らしきものだが、少し離れて見ると輝いた太陽に見えるし、朝もやがかかった景色に見える。

 作者はキャンバスに筆が届くところから描いているはずなのに、どうしてそんな計算できるのだろうと驚嘆してしまう。

 ある時ふと思った。かつての印象派の新しさというのは、ブログなど現在Webで普及しつつある新しい表現手法と似ていないだろうかと。とはいえ、ブログは印象派のように酷評されることはないけれど。

 これまで多数が目にしてきた、公表される文章というのはプロが構成などをあらかじめ考え、ある程度の緻密(ちみつ)さがあり、編集を経たりすることが多かった。文学作品や出版物とは一概に比較はできないが、ブログは全く自由だ。文章といえるのか分からないような口語がずらーっと並んで終わり、みたいなものもある。

 ブログで人気を得て書籍化されるものもある。当初はこれまでにない文体に驚いたこともあった。印象派が出たばかりの時も、こうした衝撃的な斬新さみたいなものはあったのではないかなんて思う。