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 俺の子供の頃はゲームなど無く、日が暮れるまで近くの公園で遊んでいた。その公園に1月に1度か2度紙芝居屋さんが自転車でやって来てドキドキワクワクする紙芝居を見せてくれたものだ。頭に手拭いを巻いたおじさんが子供たちに笹飴を配りながら、確か10円くらいで見た覚えがある。黄金バットや怪談猫娘、シンドバットの冒険に時を立つのも忘れ俺達鼻たれ小僧は立ちつくしたまま、紙芝居の世界に突入していった。

 そして俺は落語家になった。20歳まで落語など聞いたことが無かった俺が、この語りの世界にはいったのは、あの時聞いた紙芝居のおじさんの巧みな話術に魅了されたからではないのか? と最近思うようになった。今から10年ほど前、突発的に紙芝居を作りたいと考えた。まだ2つ目の頃で仕事が無く暇でくすぶってる時である。

 「きっと紙芝居もできる落語家になればマスコミも注目して仕事も沢山来るかもしれないぞ。それだけじゃない、公園でいたいけな子供たちから銭巻き上げてやれ、ウヒヒヒ」

 金に飢えている俺は早速紙芝居作りに精を出す。実は大学時代、童話研究会に入っていたので絵本の真似事はやったことがある。「ええ、落語家だったら落研じゃないの?なんで童話なの?」と疑問の声も上がるだろう。田舎者の俺は、東京に出たら綺麗なお姉さんに愛のレッスンを受けられるのだと信じていた。それなら清純可憐なシンデレラや白雪姫がいそうな、童話研究サークルが良いだろうと目星をつけて入ったのだ。しかしそのサークルにいたのは7人の小人や3匹の小ブタさんばかりであった……ガッカリ。

 話は横道にそれたが俺は大きめの画用紙に下書きして色を塗る。絵具は水彩を使うから乾くまで待たないといけない。待つ間に次々と画用紙に描き上げ色を塗る。あっという間に六畳一間は怪しげな絵で一杯になってしまった。やっと下絵が乾いたので絵を描こうとすると赤い絵の具が無い。「どこに行ったんだ?」 慌ててちらかった部屋を引っかき回すと「ガチャン、ドバー」と筆洗いの水が入った缶がひっくり返る。「ひえー」 急いで雑巾を探そうと立ちあがると「びりりり」 足元に置いておいた画用紙をふんづけ真っ二つに裂ける。茫然と立ち作す俺。やっとのことで全部書き上げたのは2カ月後の事であった。そんな苦労をしたから「もう紙芝居は書かない」と心に決めた。

 それから10年、俺にも子供ができて、幼稚園行ってる娘が「お父さん、今日先生が『白い犬黒い犬』の紙芝居読んでくれたの。楽しかったよ」とニコニコ顔で報告する。